三千三十六(うた)八聖道
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月十二日(金)
原始仏法の説く教へには、八正道、四諦、十二因縁などがある。このうち小生に合ふのは、八正道である。これまで、三学を頻繁に使ってきた。八正道と三学は、同じ内容だが、順番が異なる。八正道は、正見と正思(以上は慧)、正語と正業と正命(以上は戒)、正精進と正念と正定(以上は定)なので、慧戒定になる。三学は戒定慧だ。
  1. この違ひについて、まづ法輪を考へた。船の操舵室にある円い輪に似た形である。まづ心構へがないと、戒や定を行なっても無駄になる。だから慧が最初なのは、ここでは当然だ。そのあと戒があり定がある。そしてまた、慧に戻る。これで、一旦は落着した。
  2. しかし輪なので、二回目に慧のあと、二回目の戒へ進む。戒は、すべての基本だから既に保つ。複数行ふのは変だ。そこで、慧のみ二回で、あとは一回づつで終はり、を考へた。
  3. 月に二回の布薩で、比丘は戒律違反が無かったかを告白し、懴悔する。二回目の戒は、布薩の戒ではないのか。在家は読経儀式のときに、比丘から毎回戒を授かる。戒律のなかの、律は強制だが、戒は違反しても次にまた戒を授かる。
  4. 上記3.で永久落着だ。しかし試論として、次のことを考へた。慧が最初で、戒が二番目で、定が三番目なのは、釈尊が初転法輪で五比丘に説いた内容ではないだらうか。五比丘には、心構へはある。戒もあり、修行で定もある。あとは、釈尊の説法を聴き、戒を見直し、定も見直せば、それで完成ではないのか。
上記4.は、五比丘だけではなく、在家にも当てはまる。南伝仏法国は、仏法の文化が既にある。大乗仏法国は、国によってかなり差があるものの、葬式以外でお寺に来る在家は、心構へがある。戒も守らうとする意欲はある。あとは定だ。
止観のうち、止は定、観は慧、とする考へが近年は広まった。しかし止観は定、ではないだらうか。小生はこれまで、人により止が必要な人と、観が必要な人と、両方必要な人がゐる、と考へてきた。そのことと矛盾はしない。
在家の止観の目的は、心を浄化することと、生活が順調に行くことと、功徳を積むことだ。そのために、精進してゆきたい。
(追記)これまで、部派仏法に入る前を初期仏法と呼んで来たが、これからは原始仏法と呼ぶことにした。南伝仏法を裏切った人たちが容易に、初期仏法と称することが余りに多い。最近では、もともと大乗に肩入れしたいのではと思はれる人が初期仏教の語を使ふのに遭遇した。
小生は一時、南伝仏法と良寛和尚(その背後の達磨大師)から初期仏法を探ることを試みたが、これはあくまで試みである。新しい企画を作るために、各人が思ひついたことを述べる方法(カタカナ語では、ブレインストーミングだが、カタカナ語の使用を避けた)である。
ミャンマーの経典学習会が、コロナ禍で長い間休止になり、その間に良寛和尚を調べた為に、両者の調和を取る必要があった。そのときも言ひ続けたことは、南伝仏法が盛んな国は今のままを続けることがよい。日本のやうに仏法が崩れた国に、南伝仏法をすぐに入れることは不可能だ。
小生が思ふに、南伝仏法をやりたい人に在家として続けられたり比丘になったりできるとともに、それが呼び水となって日本の大乗仏法を復活させることがよい。
日本には戒が無い故唐土の鑑真和尚来日し その後最澄独立の戒壇設け菩薩戒しかし僧兵山門と寺門争ひ焼き討ちし 信長により自身炎上

反歌  戒律は無くも明治の維新までその後僧無く仏は消える(終)

「初期仏法を尋ねる」(二百) 「原始仏法を尋ねる」(二百二)

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