二百九十七、ミヤンマーの瞑想専門僧が来日

平成二十四年
八月五日(日)「瞑想専門僧」
ミヤンマーの瞑想の専門僧が今年も来日した。昨日瞑想会があつたので参加した。今回参加して判つたことは、私の場合瞑想をすると肩が極度に凝る。二十年前から曹洞宗、臨済宗、上座部仏教の瞑想はよく参加したが、なぜ今ごろ気が付いたかといふと、普通は一時間行ひ終了する。終つたときに肩が凝つても普通の生活に戻るからあまり影響がない。ところが昨日は一回行つたら三十分休むことを三回繰り返した。二回目と三回目は大変だつた。昨年は休み時間に会場の後の区立公園で池の周りを走つた。今年は暑くて走らなかつた。

八月十二日(日)「一昨年に肩の凝らない方法を見つけたが」
一昨年参加したときに肩の凝らない方法を発見した。首が前かがみにならないよう少し後にそらせるのである。これで嘘のように肩こりが起きなくなつた。ところが昨年と今年は駄目だつた。
昨日は久し振りに国会図書館に行つた。館内がかなり変はつてゐた。午後三時ころになつたら、肩が凝つて本を読めないくらいになつた。それで気が付いた。一昨年までは外に出る仕事が多かつた。昨年からほとんど社内で仕事をするようになつた。一日中コンピユータの画面を見るから肩こりが蓄積するのだつた。

八月十六日(木)「僧侶の説法」
僧侶からは次のような要旨の説法があつた。
楽しく存在するには五つある。
 1 すべての行動に慈悲を。ミヤンマーには少数民族、他の宗教もあるが慈悲を持たないから殺し合ひがあつた。
 2 慈悲の心で話す。
 3 心も慈悲の心を
 4 家族、仲間も同じ戒律を守らなくてはいけない。
 5 ヴィパサナといふ智慧に到達するよう努力を
金色の蓮。五つの蓮を持つて授記を受けるため釈尊も礼拝した。ミヤンマー語では金は4番、蓮は5番、合せて9番で釈尊の9徳。
ミヤンマーも物質が出回るようになると、買へる人はよいが、さうてはない人は瞑想をすべきだ。日本に瞑想センターを作るため今日のお布施は寄付する。


日本にも瞑想センターを作るといふ提案を僧侶が前からされていたが、予算がなくこれまで進まなかつた。今回のお布施では数万円だから寺院を建てるには少ない。それについて、ミヤンマーの瞑想センターも最初は小さかつたが今では大きくなつたといふ話をされた。

八月十八日(土)「釈尊の時代と現代」
釈尊の時代は信徒も瞑想に参加した。その後、長いこと僧侶のみが瞑想をするようになり、大乗仏教の分裂があり現代に至る。今のように複雑な世の中になると信徒の瞑想に人気が出る。しかし私のように一日中コンピユータを扱ふ職業は肩が異常に凝つて瞑想どころではなくなる。大乗仏教が合つてゐるのかといふ気もする。(完)


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