二千九百十八(うた)最新の歌論(縁語とその他の新趣向)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
九月十八日(木)
縁語は、元の語に関係する語を、元の語とは独立して使用する。人によっては、古今集に載る語でなくてはいけないとするものもあるが、この解釈は取らない。その古今集は、何を参考にしたのか。初出だ。つまり古今集もそれぞれの作者が考へた。
池袋西武百貨店に書いた
「池袋都電乗り場が消えたほか ほぼ変はらない東口 西武百貨が百花に動く
反歌 百貨店専門店や郊外のモールに押され乗り遅れかも」
では、反歌の「乗り遅れ」が、長歌の「都電乗り場」「西武」の縁語になってゐる。長歌の「百花」は「百貨」の同音型の縁語。同音型の縁語なんてあるのか、と思ふ人もゐることでせう。縁語とは、縁のある語なので、意味でも同音でもよい。
和語のみと長歌と反歌序詞を復活ののち縁語進出
九月十九日(金)
昨日の歌のうちの長歌の六句目は「西武百貨」で「店」が無いと不自然だ。「西武百貨店」に替へると「い」を含むから破調ではないが、七音句の占有は避けたい。そこで「百花」と同音繰り返しにした。
縁語を使ふ事が目的ではなく、別の理由で同音繰り返しになった結果、これを縁語に含めた。初期の作者たちは、小生と似た状況で使用したことだらう。時代が経過するにつれ、技巧になってしまった。
後世のすべての技は初めあり 時が過ぎると固定化し月並みまたは駄作に堕ちる
反歌
近年は感情写生滑稽と微妙な心理国語を破壊
反歌は近年の傾向を並べたもので、二句と三句が国語を破壊するのではなく、二句三句四句すべてが近年の傾向である。
九月二十日(土)
モリカケ・・・カルト裏安に「題の裏裏金擁護裏デスク 三浦を地元小泉と山口県の林がんばれ」の長歌を載せた。裏が三つ続くことが、三浦の序詞となる。同音ならぬ同意の序詞かな。その次の反歌「偏向の題を付けるは記事を書く記者の上司の黒デスクかも」の「黒デスク」が、反旋頭歌「総裁選実力林人気小泉 前倒し茂木黒幕高市黒人」の「黒幕」「黒人」に繋がる。歌を越えた、同音の縁語である。
新趣向二回目からは旧趣向 時代を経ると月並みに 更に過ぎると駄作に堕ちる
反歌
新作を時の経過が朽ちさせる常に補充を次の趣向へ(終)
追記九月二十一日(日)
九月十三日の「(前略)和みの歌(中略)和(あ)ゑるあり 短き歌と呼ぶ後は単(ひと)えと(以下略)」の、「和み」と「和(あ)ゑる」、「短き」と「単(ひと)え」は、前者と後者ともに同じ音読みで(前者は同じ字でもある)、これも縁語と云へる。
九月十一日の「低支持の根源となる連中と手を組む途端転落一途」の「途端」と「一途」は、元が同じ読み方だから縁語ではないが、縁語性は多少あるだらう。
読者が、無関係の中に共通性を見出せば縁語、元から関係ある中での共通は多少の縁語性、となる。
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