二千八百九十四(朗詠のうた)初期仏法と和歌論と文芸論
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
八月二十日(水)
前回に続いて、今回も「初期仏法を尋ねる」と「和歌論」の共演である。まづ、瞑想のときに気が散りやすい人が、ゐるとしよう。この人は、心を集中するのに、気が散らない人より努力が必要なので其の分、得る物が多いであらう。
逆の場合を挙げると、心が不活性の人は、止観のうち観を行なへば、効果が大きい。上昇した高さを修行効果とすれば、苦手なときは上り坂の傾斜が大きい。文章でも同じ事が云へる。目的のない文章は駄目で、目的の在る文章は少し上り坂、美しいものや定型のものは急な上り坂ではないでせうか。とは云へ、それを期待して文章を書くのは駄目だが。
目的と云へば、歌の目的は、連作か、普通文に埋め込むか、歌会や投稿か。小生の嫌ひな目的は、誰かの提唱する雛型に合はせることだ。特に子規の写生に合はせることだが、左千夫は壮大さや心の叫びで、赤彦は鍛錬で、茂吉は日記風で、写生を克服した。子規自身も、写生は古今集を批判する目的であった。古今集を越えた後は目的が無いから、批判対象になった。
止観の方法として、円いものを観る、お腹の中の何かを観る、なども雛型に合はせることなので、小生は昔から合はなかった。
八月二十一日(木)
良寛和尚は、修行(托鉢を含む)をする傍ら、漢詩と和歌と書を行なった。この三つは、止観の一種だ。心を安定させないと出来ないし、心を活性化させないとできない。人々に喜びを与へ、僧俗ともに功徳となる。
その一方で良寛和尚は、物語を作らなかった。小生も同じで、物語を書かない。物語とは、世間で云ふ小説である。
唐土の詩(うた)と大和の歌と筆 三つ揃ふも物語り書かざることは嘘つかざるに
反歌
短きの物語りなら美しさ表はす為と嘘には非ず
反歌
史(ふみ)ならば世と人の為美しさこれも備へて嘘には非ず
伊勢物語のやうに美しさを表す文芸は、読む人を幸せにするので、功徳がある。平家物語のやうに、史実または史実と思はれた、または少し違って美しさを出したものにも、功徳がある。
それに対し、源氏物語や好色物は、表現の自由だからあってもよい。しかし功徳とは無縁だ。明治以降の物語は西洋の悪影響で、作り話を解禁した。しかし、良寛和尚や小生とは無縁だ。(終)
追記八月二十二日(金)
昨日書いた内容は、重が大きい。短篇以外の物語(世間で云ふ小説)は文芸ではない、とする主張である。芥川賞と直木賞は、存在意義を失ふ。中長編物語以外にも、詩と称するもの(漢詩と和歌以外)は文芸ではない。これらを次回で説明したい。
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