二千六百八十二(うた)報道を読んで(現業が人手不足、自営が非正規に、新宿ミロード閉館)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
三月十六日(日)
講談社のホームページ(現代メディア)に
一体なぜなのか…日本の若者が「自動車整備士」を目指さなくなった「根深すぎる理由」

が載った。小生は題だけ見て、ほこりまみれ、油まみれの仕事が嫌はれたのだらうと想像した。ところが
若者のクルマ離れや低賃金、過重労働のイメージが定着していることがある。
ちなみに、警察庁の運転免許統計によれば2021年の20代の免許保有者数は1002万4557人で、2001年の1569万9659人より567万5102人、36.1%も低い水準だ。(中略)かつてクルマは若者にとって“憧れの存在”だったが、もはやそうではなくなってきているのだ。クルマへの関心が薄れて、整備会社を就職先として具体的にイメージしづらくなっているのである。

これはある。しかしその理由として、車を買ふ余裕が無くなったこともある。仕事で車を使ふ人は免許を取得するが、さうではない人は取得しない。
だが、整備士不足にはさらに大きな要因がある。
大学進学率の上昇だ。(中略)18歳人口が減っていくにもかかわらず、文部科学省は大学数を増やす政策をとってきた。当然ながら入学定員割れが常態化する大学が増えた。(中略)長らく日本の各産業を下支えしてきた仕事に就く層が薄くなってしまっているのである。

この意見には、反対である。現業を軽視し待遇も悪いために、大学へ進学するやうになった。
これは自動車整備士だけでなく、他分野の技術者や職人の減少にも通じる話である。
たとえば、第一種電気工事士だ。経産省の資料によれば2030年には2万6000人不足する。空調設備業界では配管施工の担い手は高齢化が進んでいる。(中略)エアコンが故障してもいつ取り換え工事に来てもらえるか分からなくなる。最近の夏は酷暑続きだけに、まさに命とりとなりかねない。

川口市のクルド人問題が報道を賑はすが、或るクルド人の発言として「そのうち日本人も分かるよ」がある。ほとんどの日本人は無視したが、これは大変なことだ。もはやクルド人抜きには、国内(が大袈裟なら埼玉県南地域)の建設業は成り立たない。
建設は社会を支へる重要な産業なれど 労働者待遇低く多重請負

反歌  今既にクルド人抜き建設は考へられぬ連合解体
建設労働者こそ労働組合を作るべきなのに、連合と称する奇妙な団体のせいで、今やクルド人抜きで成り立たなくなった。

三月十七日(月)
現代ビジネス(これも講談社だと、初めて知った)のホームページに
自営業者が「非正規労働者」に…激変する「ニッポンの労働環境」のヤバすぎる実態

が載った。ここで注目すべきは
農林水産業以外の自営業は、80年代初頭まで(中略)増加していた。(中略)70年代までは、中小企業労働者の3割から4割は自営業主に転じていたと推定されている。
高度成長期の「集団就職」で都市部にやってきて、(中略)多くは、開業して「一国一城の主になる」ことを夢見ていた。(中略)それに成功した者は、小商店などを開業した。

ところが
1980年代以降は、日本の非農林自営業は減少に転じた。(中略)80年代以降は、中小企業労働者が職業生涯において開業を試みた率は、約2割に低下したと推定されている。石油ショック後の低成長下では、高度成長期ほど開業のメリットが見込めなくなったためである。そしてこの時期から、自営業から非正規労働への移行が、まず女性からおきていったと考えられるだろう。

この記事は、石油ショック後に高度成長期ほど開業のメリットが見込めなくなったとするが、小生は別の理由を考へる。それはプラザ合意と、大店法骨抜きである。どちらもアメリカの圧力だった。
そして2000年代以降の特徴は、1970年代とは逆に、小企業の雇用者が減少して大企業の雇用者が増えていることである。だが(中略)正社員の数は(中略)増えてもいない。つまり「労働力の貯水池」である自営業・中小企業から、大企業の非正規労働者への移動がおきていると考えられる。

--------------ここから「偽装個人事業主」--------------------------
大企業非正規者こそ労働運動 事業主偽装の雇用は禁止運動

(前へ)小生も、実態は雇用なのに個人事業主を偽装した会社に、委託費(賃金に相当)と交通費のデータを送るやう三回連絡したのに、無視された。確定申告は、他の数ヶ月の比率で案分し提出したが、この件は大問題にしなくてはいけない。
偽装個人事業主が、なぜ悪いかを示す教科書として今後続けることにした。(次へ)
--------------ここまで「偽装個人事業主」--------------------------

三月十八日(火)
新宿ミロードが一昨日で閉館した。ミロードには思ひ出がある。勤務先が西新宿へ移転し、最初は菊名から通勤したので地下鉄の西新宿迄乗った。このときは無関係だった。
浦和へ引っ越した後の二年半は、新宿西新宿間のみの通勤費が支給されないので、新宿から歩いた。このときは、往路も復路もいろいろな歩き方をした。小生は歩くのが速いので、混まない通路を選択した。新宿ミロード経由は、最後のほうによく利用した。その変形でモザイク通りを歩く方法もあった。時事通信のホームページには
「新宿ミロード」、16日閉館 駅周辺で再開発 小田急グループ

が載った。
10~20代の若年層を主なターゲットに衣料店や飲食店などをそろえてきたが、駅周辺の再開発計画に伴い、約40年の歴史に幕を下ろす。
新宿ミロードは小田急電鉄の新宿駅真上に位置し、1984年10月に開業。区画内に新宿駅西口と南口をつなぐオープンモール「モザイク通り」を設置することなどにより、駅周辺のにぎわいをつくってきた。
モザイク通りは2023年3月に営業を終了。新宿ミロードの閉館後、小田急電鉄は解体に着工し(以下略)

ミロードとモザイク通りの開業はプラザ合意の前にして なるほどとして納得がゆく

反歌  ミロードとモザイク通りの終了は一つの時代終はりを示す(終)

メニューへ戻る うた(一千二百二十一)へ うた(一千二百二十三)へ