二千六百五十四(朗詠のうた)行動日記(妻と子の旅行、頭痛、手洗ひ閉塞、眼鏡)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
二月五日(水)
妻と上の子が、欧州旅行から帰国した。上の子の大学時代の同級生が北欧で研究員をしてゐるので会ひに行くのと、イタリア旅行を兼ねた。その間、母は着替へがあるので短期宿泊に預けた。小生は、土曜午後から月曜に掛けて、琵琶湖の周りを一周してきた。妻と上の子は一人二十五万円か。母は五万円程度、小生は三万円弱。小生が一番安い。近江なので近い、は冗談である。

二月十日(月)
一昨日左目に乾燥した感じがした。昨日は頭の左眼の上の骨の内側が痛くなった。本日眼科へ通院したが、異常は無い。頭が鈍く傷むと思考能力が三分の一に減る。それより問題なのは、不快感が常に付きまとふ。
強くなく鈍く傷むが長引くと体に悪く心も悪し


二月十二日(水)
近くの神経内科へ電話をした。初診は予約制だ。症状を訊かれたので答へると、検査ができる病院を勧められた。病院でCTを撮り、異常は無かった。しかし痛いのは続く。
鏡を見ながら、下まぶたを指で下げて裏側を見ると(所謂あかんべーをすると)、左目は赤いのに、右目は白い。これで、再び眼科へ行く決心をした。

二月十三日(木)
眼科で再度診察してもらったが、異常は無かった。記憶では、まづ眼に異常があり、それが頭痛へ発展した。しかし、眼は頭の付属機関だから、眼の痛みが頭に伝はることはないさうだ。なるほど、最初に眼が異常になったのは、頭が原因だった。祝日の火曜以外の月、水、木と通院した。
頭痛を放置することは耐へがたいので、鎮痛剤を処方してくださった。

二月十五日(土)
三日前に、一階のお手洗ひが詰まるやうになった。二階のお手洗ひを使ふので、生活に支障はない。一階のお手洗ひは、時間が経つと水位が平常に下がる。しかし汚物は溜まったままだ。水を少し入れて水位を上のほうにすると、また時間の経過とともに下がる。これを繰り返すのは、水道の塩素で汚物を腐らせないためだ。
本日、ホームセンターで、詰まりを水圧で取り除く装置を買った。かつてのゴム製のボコボコ押し引きするものが、今は自転車ポンプ型になった。これを使ったら、あっと云ふ間に直った。

妻に云はれたのだが、頭痛はストレスの連続が原因かも知れない。耐震工事、雨漏り、母の骨折、母の腰痛、母のインフルエンザ、小生の白内障、小生の突発性難聴と、七つ続いた。お手洗ひの詰まりは、頭痛発生の後だ。
あと、本歌取り。これは楽しいが、疲れる。上の子がパソコンの使ひ過ぎで頭痛になったことがあると云ふ。これも原因だらう。鎮痛剤が効いてきて、本日の午後辺りから、調子がよくなった。
痛み止め一日目から痛くなき時が出だして 三日目のお昼を過ぎて痛きときほぼなくなりて 快くなる

反歌  まづ体快ければ心よく考へがよく行ひもよし

二月十七日(月)
眼鏡店へ行き、白内障手術後の眼鏡を新調した。裸眼で0.2を矯正0.8程度なので、度数は低い。これほど度数の低い眼鏡は五十年ぶりだ。或いはこれで、頭痛が治るかも知れない。近江旅行のときは、眼鏡なしでまったく不便では無かった。だから、頭痛とは無関係の気もするが。
それより、眼鏡を掛けるとめまいが起きる気がする。気がするだけで困ることは無いのだが、突発性難聴はその後、メニエール病の疑ひが出て来た。暗闇で目の動きを見る検査で、安定しない。今まではめまいの自覚症状は無かったが、視力が0.2程度で気付かなかっただけかも知れない。
歳を取り一つ治すと他に表れる 一つづつ治して保つ体と心
(終)

追記二月十九日(水)
昨日の朝で鎮痛剤は終了した。しかし一日経過しても、頭痛は再発しなかった。これで完治した。それにしても、なぜ頭痛が起きたのか不明だ。

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