二百五十一(その二)、松井保彦氏批判(社会主義を捨てた反省をなぜしない)

平成二十四年
四月十九日(木)「松井氏の共産党批判」
せつかく「合同労組運動の検証」を賞賛しようと思つて進めた今回の特集は、読み進むにつれインチキ本であることがわかつた。
当時は、社会党が社会主義、共産党は共産主義、民社党は民主社会主義だつた。それどころか創価学会系無所属(のちの公明党)も新社会主義、自民党の政策も世界で最も成功した社会主義と言はれた。そのようなときの共産党の4・8声明を巡る混乱は、いはば社会主義を目指す方法論の対立である。目的地の対立ではない。社会主義を捨てた松井氏が得意になつて批判するのは実に不適切である。

四月二十日(金)「中小労働者を馬鹿にする松井氏」
全国一般は中小労働者の集まりだ。それなのにこの本は中小労働者を馬鹿にしてゐる。
・中小企業の労働者は独占に収奪される中小企業という、恵まれない条件のなかで働かされている。
・優等生タイプは大企業へ、その枠から外れたのは「中小」へ、という傾向があると思う。
・大企業はおとなしくて”モノ”いわない者を求める。そういうタイプで、上の学校へ行けなくても就職組にはいって大企業へいけば、ルートに乗ってそのまま安心してスッといけるだろう。しかし、中小へいくのは、何らかの不満をもっている。学歴がないとか、何かすねているけれども、そのもっている不満は変革のエネルギーになる可能性を秘めている。
・いま、中卒でいきなり中小へくるという人は結構多い。しかし多少年配の人のなかには、大企業の人に比べると育った家庭環境が勉強しようにもできないとか、悪い条件だった人が少なくない。

昭和63年辺りまでは大手も技能職が多く、中小だから恵まれないといふ感覚はなかつた。人手不足の時代だから特に若年層は大企業より給料がよいくらいだつた。当時は技能職がほとんどだから、プロレタリアには私心がないといふことで共産主義も意味があつた。
私は中小企業に3社勤務したからよく判るが、中小だからすねるといふ人は一人もゐない。私の場合は技術職の職場だが事情は同じである。大企業にもすねた人はゐるし中小にもゐる。比率は同じである。

四月二十一日(土)「大企業がおとなしくて”モノ”いわなくなつた理由」
大企業が優等生タイプといふ主張に反論しよう。全国一般東京地本の関係者が25年くらい前に「富士通労組の青年部は昔は中核派の拠点だつた」と言つてゐた。私が富士通労組にユニオンシヨツプで強制加入させられたのは、富士通の半導体関係会社から電算本部関係会社が分割された後だから昭和61年だが、このとき既に中核派は一人もゐなかつた。それどころか共産党さへゐなかつた。もしゐればいつしよに活動したのにゐなかつたから、私が一人だけ大会で方針案に反対したことがあつた。或いは沖電気の解雇撤回闘争は共産党系、社会主義協会系、新左翼の三グループが仲良く共闘した。
この本が話題にする昭和三十年代から四十年代の大企業が優等生タイプだつた訳ではない。昭和58年頃から大手はストライキをしなくなつたため、労組が変質してこれらの人たちがはじき出されたといふのが正しい。その前から会社側は企業意識を植え付けようとしてきた。労組は最初から企業意識だつた訳ではない。賃上げ闘争などで企業側は妥協と引き換へに企業組合化を進めた。労組は目先の利益に目がくらみそれらを飲んだ。
富士通労組でいふと、ストライキは48時間前に通告するだとか、組合員は富士通及び関係会社従業員だけで構成するといふ内容だつた。一見すると大したことではないように思ふが、組合員を社内に限定することは労組側が始めたのではない。企業に誘導されたのである。

四月二十二日(日)「連合の変質」
総評、中立労連、新産別は社会党支持、同盟は民社党支持だつた。つまりすべての労働組合が社会主義政党を支持した。それなのに4団体が解散し連合が結成されるとなぜ民主党新自由主義派まで支持するのか。
今は冷戦の時代ではない。世界を資本主義陣営と社会主義陣営に分ける時代ではない。だから民主党を支持することは問題はない。世の中は不都合な点を少しづつ変へて行くべきだ。つまり改良主義は正しい。しかし改良主義の結果、既得権派が守旧派となり改良を妨害するようになる。大手企業内労組がいい例である。
富士通労組出身の電機労連委員長藁科は後に社会党の参議院選比例代表名簿第一位に指名されたから当選確実だつた。藁科が国会議員になる4年ほど前は社会党は土井委員長の時代で大躍進したが電機労連の各労組では職場委員全員に土井委員長の写真入のテレホンカードが配られた。電機労連はよほどカネを社会党に寄付したのだらう。しかしこの当時はプラザ合意の直後だからまだ技能職が多数だつた。そして土井社会党に期待した。その後ホワイトカラーが多数になつた。社会党は解体し藁科は民主党に行つた。社会党から民主党へは多数の議員が行つたからそのこと自体に問題はない。しかし藁科はここで前原と親しくなつた。それから十年近くを経過すると、旧社会党のほとんどが消費税に反対してゐない。その原因は連合が技能職からホワイトカラーに変質したからだ。

四月二十二日(日)その二「全国一般から消滅一般へ」
社会党、民社党がまだ存在した時代に、連合は「連合の会」といふ党派名で社会党、民社党、公明党の支持を得て十一名を当選させた。そしてこれらの党とともに参議院で消費税廃止法案を可決させた。
それから二十年。旧社会党民社党の人たちはなぜ消費税増税に反対しないのか。ここに連合の堕落がある。東電労組出身の笹森氏の時代を除き堕落する一方である。その原因は技能職の減少にある。労働組合は技能職が多数でなくてはいけない。だから中小の組織化は必須だつた。
「合同労組運動の検証」は連合堕落の検証がない。結成時と今が同じだと思つてゐるのか。その前の時代のなぜ総評が解散に至つたかと、更にその前の時代の中小対策オルグの活躍にも係わらずなぜ組織化が進まなかつたかの分析もない。あるのは五人の侍を自称する人達の自慢話だけである。
私が富士通労組時代に感じたことがある。組織が上に行くほどまともになる。だから中立労連と金属労協の機関紙は一番まともなことが書かれてゐた。電機労連の機関紙はそれほどではなかつたが、藁科委員長の富士通労組の大会での来賓挨拶もまともだつた。それに比べて富士通労組はひどかつた。工場ごとの支部は更にひどかつた。丁度沖電気争議が和解した時期だつた。富士通労組の支部委員長は「和解金は応援した団体のお礼で全部消える」と発言した。この人は電機労連三多摩地区の議長でもあり、労働争議の中心拠点の沖電気八王子工場があつたからそんなことをいふのだらう。
上に行くほどまともなのは、終戦直後の労組幹部だからだ。総評も同盟もまともだつた。下に行くほど悪くなるのは戦後の混乱でニヒリズムに堕ちたり、アメリカの偏向を受けたからだ。アメリカの偏向を受けてもまともな労働運動をやつてくれれば問題はない。やつたことと言へば沖電気で解雇者を見捨て、国鉄で解雇者を見捨て、消費税増税に反対せず、野田や前原といつたペテン師どもの民主主義破壊に反対しない。根底にあるのはアメリカの真似をするだけだ。
松井氏は連合内で中小労働者のためにどれだけのことをしたか。やつたことと言へば全国一般を自治労に吸収させただけだ。消滅一般である。(完)


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