百八十八、ミヤンマーの僧侶が来日
平成二十三年
八月一日(月)「一時出家の僧も参加」
毎年この季節にミヤンマーから瞑想の専門僧が来日する。私も昨年に引き続き瞑想会に参加した。瞑想会にはミヤンマー人も多数参加する。ミヤンマーの服を着て参加する人が多かつた。洋服のズボンは高温多湿の日本には合わない。和服もミヤンマーの服も足が暑くならないよう工夫されてゐる。省エネにはズボンを廃止すべきだ。
今年は僧侶がもう一人参加した。日本在住のミヤンマー人で一時出家をしたそうだ。タイやミヤンマーには男子は誰でも一時出家をする習慣がある。「私もミヤンマー仏教で一時出家しよう」と決意するには難関がある。有給休暇を貯めると四十日になる。しかし連続で取ることは難しい。一時出家が終つた後に坊主頭で出勤することも抵抗がある。少なくともお客さんのところには行けない。
八月二日(火)「走る瞑想」
私は十八年前に座禅に熱中したことがある。ところが最近は座禅をすると肩こりがひどい。今回も一時間瞑想を終へたところで耐え難いほど首から肩にかけて調子が悪くなつた。この後は三十分の休憩である。会場の裏は区立公園で池がある。一周四百メートルくらいなのでまづ一周走つた。血流をよくすると肩こりは緩和する。しかし何周も走ると息が切れる。今回の瞑想会は呼吸に意識を集中する瞑想なので息が切れるのは困る。私はまづ一周し、しばらく経つてからもう一周した。
瞑想には座る瞑想、歩く瞑想、寝る瞑想がある。日本の臨済宗や曹洞宗では座る瞑想のことを座禅、歩く瞑想のことを経行(きんひん)といふ。そのときは肩こりを治すことに精一杯だつたが、走る瞑想といふものもあるのかと今になつて考へ始めた。
八月三日(水)「出勤時の歩く瞑想」
私がこのようなことを考へたのは理由がある。自宅から駅まで三キロメートルだが昔から片道だけ歩いてゐる。表通りだと横から車が飛び出したり前をゆつくり歩く人を追い越すから駄目だが、裏道を歩くと瞑想と同じ効果があることに気付いた。
その前提として戒定慧の三学を守る必要がある。バスに乗れば楽なのに歩くほうを選択する決意も必要である。
八月四日(木)「アナパナ瞑想」
この僧侶は極めて優秀である。瞑想の専門僧なのにまつたく偉ぶらない。日本の田舎の寺に移せば、村民から「温厚な和尚さん」として親しまれるであらう。「今回は初心者が多いので」と前置きして、基本的な瞑想を説明してくれた。
まづ戒(五戒、八戒、九戒など)を保つ--->サマリ
次に自分に合つた瞑想をする。普通はアナパナ瞑想。
鼻からの息の流れに集中し呼吸を意識する。次は呼吸の最初から最後まで。サマリが弱くなると呼吸が弱くなる。
光が出てアナパナに見える。丸いことが多い。ニミツタに集中せず、呼吸に集中する。光が三十分から一時間留まるようになると一番よい。
次にニミツタに集中する-->禅定に入れる。四つの禅定に入れる。それは戒を保つてゐるため。第四禅定に入れば禅定の力で無常、無我を見ることができる。サマテイの力で。
因みに私は十八年前から座禅と上座部仏教に興味を持つたが光を見たことは一度もない。一つには曹洞宗から始めたので座禅をすることそれ自体に意義がある、つまり読経と同じである。お経の意味はあまり気にしない。
そして戒定慧のうちの定だから精神の安定が目的である。だから釈尊入滅後二千五百年間誰も考へなかつた「走る瞑想」とかを言ひ出すに至つた。もつともこれは肩こり対策の後に思ひついた冗談で、私が主張したいのは「通勤時の歩く瞑想」である。
八月五日(金)「気付きと労力」
僧侶からはこのほか妄想が出たときは一から八まで数へることを繰り返す、戒定慧のどれかを得てゐない人は、その得てゐないもので負けるのでどれが欠けてゐるか調べる必要がある、といふお話があつて質問の時間となつた。
気付き(サティ)と労力(イリヤ)がないと何回座つても妄想はなくならない、気付きと労力が瞑想には必要。瞑想は波羅蜜( はらみつ)になるから先に進む人がゐても続けること、来世で役に立つ。といふ回答があつた。そこで判つた、私の目指してゐるのは波羅蜜だと。人によつて、第四禅定を目指す人、光を見る人、波羅蜜の人などいろいろある。
瞑想がご専門でも上座部仏教の僧侶である。戒の質問も多かつた。女性の参加者も多いので調理のときに殺生戒に違反しないかといふ質問が二つあつた。
八月七日(日)「ミヤンマー語の通訳」
今回の瞑想会は日本語の堪能なミヤンマー人が通訳してくださつた。ミヤンマー語、パーリ語、日本語の仏教用語の知識も必要である。ミヤンマー語のお話の直訳は貴重である。英語を日本語に訳すと、話者が英語を話す段階で情報が大きく減少する。しかも話の内容が西洋式になる。
今回の瞑想会ではないが、日本在住のミヤンマー僧が昨年「昔の葬式は、人間はいずれこうなるといふことを教へる意味があつた」と話されたことがあつた。こういふ情報は英語で話そうとすると話す前に消へてしまふ。アジア各国の日本語堪能者をもつともつと育成するとともに、すべての日本人はアジアの国々のうちの一ケ国語を習得すべきだ。
八月十四日(日)「自由の国」
ミヤンマーは自由な国といふ印象を持つてゐる。それは今年の正月にミヤンマーの比丘尼(女性の僧侶)が来日したからである。この比丘尼もミヤンマーでは瞑想の専門家である。
タイでは比丘尼は認められてゐない。法律で出家者以外は橙色の衣を禁止されてゐるから彼女らは白い衣を着る。
釈尊滅後に比丘尼は消滅した。長い歴史の中で理由があつたに違ひない。だからタイが法律で禁止するのは間違ひではない。一方でミヤンマーの比丘尼が橙色の衣を着て、それをミヤンマーの人びとが敬ふのであればこれも尊重すべきである。
各国にはそれぞれ歴史の流れがある。流れの上で不都合があれば改革を大いにすべきだ。しかし欧米が流れとは別に自由だ民主主義だと圧力を掛けるのは下心がある。(完)
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