二千三百七十二(うた)いろは亭、路面電車の会
甲辰(西洋未開人歴2024)年
六月十六日(日)
六月十日は「路面電車の日」だ。いろは亭はそれに因んで、本日の定席を「路面電車の会」と称した。開口一番はたたみさん。幼稚園まで大阪で、あとは東京へ引っ越した。出身地を大阪とするのは、幼稚園が塚本幼稚園で、森友学園が経営する二つの幼稚園のうちの一つだった。学費が安く、しかも幼稚園でラグビーや柔道を教へた。学費が安いので家計(加計)が助かった、の笑ひ話で始まった。「たたみ」の芸名は、柔道に因む。
森友と加計で始まるまくらには 始め気付かず笑ふ時逃し心の中にて笑ふ

反歌  たたみさん前座にしては実力派末が楽しみ名人候補
「東海道」をうかいどう(高音が)と明治期の正しいアクセントを使ったのは、二代目三平の教へ方がよいためか。
二人目は柳亭こみち匠(落語の真打は敬称を匠とした。今回が第一号。師匠だと大袈裟なので。浪曲を師と呼ぶのと同じ)、演じたのは「都電物語」。1番(上野駅前-品川駅前)の都電運転手と、上野に住む元都電運転手の娘の話だ。古今亭駒治匠の新作で、昔はコントローラに毛糸の袋を付けたことを思ひ出した。
新作の落語で都電物語 昭和四(し)十の年頃の車内の会話 あの当時思ひ出すあり楽しくもあり

反歌  次々と廃止が進むその中で荒川線が残ると決まる
反歌  運転手荒川線に転勤し定年後には停留所にて 夫婦の会話
ここで駒治匠、こみち匠の対談だが、鉄道唱歌の東海道線の一番の後、東北本線の上野から大宮と、青森、そして北海道を望む一番を、客席とともに歌った。駒治匠のギター、こみち匠の太鼓がよかった。もう一曲、関東平野の歌は、観客は「野」を発生しこぶしを上げた。
仲入りの後、まづ紙切りで、はさみ家紙太郎。これも面白い。最初は自作でパンダ、次は指名した女性がうさぎ。うさぎは餅を搗(つ)く場面で美しい。二人から同時に路面電車の注文が来ると、前以て云はれ新型と旧型は調べたとのことで、一人目は旧型。6000型を作った。二人目は、停留所と都電に変へ、都電と待つ人と屋根付き停留所を作った。
主任(とり)は駒治匠の『地下鉄戦国絵巻』。これは爆笑の連続で本当に面白い。前回三木助匠を最後の落ちが落語、と誉めたが、爆笑の連続も落語だ。前回の感想は、つまらないギャグの連続が多い為で、『地下鉄戦国絵巻』は該当しない。本当に面白い噺だ。
地下鉄は東京メトロと都営あり 都営三田線メトロへと裏切りがあり 噺は進む

反歌  荒川線舎人ライナー登場し最後は上野元モノレール
二階の窓から見ると、ここでビールを飲むと楽しいだらうと云ふ話があった。なるほど舞台横の楽屋のほかに、二階が着替へなどの部屋なのかな。窓の外は、たくさんの線路が並ぶ。(終)

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