二百二十七、ケーブルテレビ視聴紀

平成二十四年
一月四日(水)「ケーブルテレビ」
年末年始は何年かぶりにケーブルテレビを視聴した。「むつつり右門」(昭和二九年の映画、嵐寛寿郎主演)、江戸を斬る六(昭和五六年、西郷輝彦、由美かおる、関口弘)、長七郎江戸日記、NHK大河ドラマ総集編(樅ノ木は残つた、新平家物語、国盗り物語、元禄太平記)、朝日ニユースターの討論番組などである。
このうち大河ドラマはそれぞれ一部分しか見なかつた。子どもが別の番組を見たいといふ場合もあつたが、元禄太平記のように少し見ただけで中止したものもあつた。今回これらの番組を見た理由は、戦後の日本で如何に文化が変化したかを調べるためであつた。

一月六日(金)「江戸を斬る六と由美かおる」
一番気に入つた番組は「江戸を斬る六」である。観たのは一回分だけだが、父親の跡を継いだ女目明かしを由美かおるが演じる。配下の下つ引きをあごで使ひ、張り込みのときは関口弘演じる同心までがおとなしく由美かおるに従ふ。
放送されたのは昭和五六年。毎年春闘で国鉄や私鉄が止まつたし全国の工場も止まつた。総評が存在し、プラザ合意以前の、元気なころの日本のテレビドラマであつた。

一月七日(土)「朝日ニユースターと江田五月」
朝日ニユースターといふチヤンネルを少し見た。丁度江田五月が話してゐた。国民が誤認逮捕されて死刑になることだつてあるのに、時代劇を観るみたいに犯人はばつさり斬られればいいと思つゐるといふ様なことを言つてゐた。別のチヤンネルに切り替へた後にリモコンの下矢印を順番に押して再び朝日ニユースターを通過したら、まだ同じ話をしてゐた。内容のない話を長々とするのは電波の無駄遣ひである。電波は国民の共有財産の筈だ。
国民が誤認逮捕される確率はほとんどない。しかし零ではない。それを零にするのが法務省の役割ではないか。それより犯罪に巻き込まれる確率の方が高い。だから刑罰は公正にしなくてはいけない。死刑判決を実行しないのは公正に欠ける。
日本の死刑反対の動きには国民の支持がない。それは西洋の猿真似だからである。他国が廃止しないのに日本が廃止する。かういふ廃止運動だつたら賛成もできる。なぜなら他国と異なることをするには相応の理由が必要である。その理由はきつと万人が納得するものであらう。
日本の死刑廃止運動で二番目によくないのは、国民を見下し変に利口ぶることだ。朝日ニユースターを翌日通過したところ、変に利口ぶつた出席者が報道の自由だかを論じてゐた。朝日新聞に代表される日本のマスコミは読売新聞を含めて変に利口ぶる。

一月八日(日)「むつつり右門」
むつつり右門は初めて聞く名前である。一方、主演の嵐寛寿郎は日本でも有数の名優である。後にテレビでも「右門捕物帖」の名で中村吉右衛門、杉良太郎が主演で連続物として制作されたらしい。私が観たのは単作の映画で、妖鬼屋敷の巻だつた。
右門の手下の目明しが「でれれん、でれれん」と歌いながら歩く。昭和二九年はまだでれれん節が健在だつたのだらう。あるいは「てんてん手まり」の曲で歌いながら歩く。日本的な音階がまだ健在であつた。
それより注目すべきは、目明しが同心と親しく口を利くことである。同じことは数年前に浪曲で、森の石松が親分の次郎長と敬語を使はず話すところでも気が付いた。昔は身分がうるさかつたと現代人は考へる。しかし戦後の資本主義の発達と労組の企業内組合化が社内の身分を昔では考へられないほど厳しくしてはゐないか。
だから先輩後輩の関係を崩せない。後輩が上司になつてはいけない。大企業は今でもさうである。役所は事なかれ主義で上下関係がうるさくないにも関わらず既得権で先輩後輩を崩せないのではないのか。

一月九日(月)「長七郎江戸日記」
長七郎江戸日記はあまり好きではない。途中から見たので長七郎とはいつたい誰だろうと考へながら観た。だから退屈はしなかつた。本物が地下室に閉じ込められ、偽者が旧家臣を煽動して将軍を暗殺しようとする。その直前に本物が現れて解決するといふ筋書きであつた。
ここで初めて将軍家光の異母弟で改易された忠長の遺児だと判つた。敵方をさんざん斬りまくつた後で刀を一振りし(血を払ふためか)鞘に収めるときにくるりと一回転する。その様子は西部劇のピストルをくるくる回して腰に挿すのと同じである。だから好きではない。
だいたい時代劇はやたらと刀を振り回すが、昔の武士はめつたなことでは刀を抜かなかつた。刀を抜けば命がないと教へたのではないのか。相手にやられるか相手を殺傷して後日切腹である。そこまで行かなくても先祖伝来の禄を失ふ。
だから時代劇は峰打ちがやたらと流行る。相手が多人数なのに自分だけ峰打ちで勝てる訳が無い。しかも峰打ちでも相手は骨折するか傷を負ふ。脚本家は試しに誰かに幅が3mmくらいの鉄板を横向きにして自分の顔か腕を思ひ切り叩いてもらふとよい。
長寿番組の水戸黄門が終はつたのも、助さん、格さんの峰打ちの非現実性が原因ではないのか。水戸のご老公が「皆のもの、刀を納めなさい。さもないと命がなくなるし、ご先祖様や一族郎党の者どもが泣きますぞ」と一喝し、悪人どもが刀を収める。そこに印籠を出す。かういふ筋書きで水戸黄門を復活させたらだうだらうか。

一月十日(火)「NHK大河ドラマ」
「樅ノ木は残つた」(昭和四五年)と「新平家物語」(昭和四七年)は見応へのある作品である。しかし「国盗り物語」(昭和四八年)については別の感想を持つた。世の中に有害である。この年以降に次期首相を決める自民党の派閥争ひを「国盗り」と新聞が称することがあつた。「元禄太平記」(昭和五十年)に至つては、最初を観ただけでチヤンネルを変へた。柳沢吉保のやうな腹黒い人間が栄へるといふつまらない話だつたからだ。
大河ドラマは史実と当時の文学作品を紹介し、併せて現代ドラマから娯楽番組に至るまで言へることだが、世の中をよくしようといふ意識が必要である。
「新平家物語」が最初に放送されたときに私は高校生だつたが、百科事典で平治の乱を調べた。史実のほかに藤原信西が土に隠れ竹で息を吸つたが敵に見つかり殺されたといふ平家物語の話を紹介してゐた。「新平家物語」でもこの話を用ゐた。百科事典の少し先には、鎌倉時代の鉢の木物語が載つてゐた。
歴史は史実を紹介するとともに文学なども紹介すべきだ。そして先人たちの知恵を学ぶべきだ。

一月十一日(水)「だんだん悪くなる世の中」
昭和三一年から三九年まで「チロりん村とくるみの木」といふNHKの番組があつた。私は昭和三一年の生まれだから物心の付いたときから観始めたことになる。八歳のときに終了し新たに「ひよつこりひようたん島」が始まつた。あらすじはどちらも覚へてゐないが、テーマソングは後者が格段に悪くなつたと当時感じた。「チロりん村とくるみの木」では曲に暖かさがあつた。
戦前生まれの人たちに戦後の思想が流入した。おそらく昭和三〇年前半あたりまではその調和が保たれたのではないか。その後、両者の調和が崩れた。例へば寒い部屋に暖房を入れた。昭和三〇年後半には適温になつたのに暖房を続けたから暑くなり過ぎて現在に至つた。

一月十二日(木)「日本史で異常な時代」
もし人類が滅びないとするなら、明治維新以降は日本史で極めて異常な時代だつたと将来称されよう。そのなかでも昭和四十年以降は特に異常な時代である。米軍占領を経てその影響を受けた軽薄人間が増大した。そのことが昔のテレビの再放送を見ると判る。(完)


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