二千二百二十一(和語のうた)「光る君へ」のHPから和歌考証者の話
新春前癸卯(西洋未開人歴2024)年
一月二十五日(木)
大河ドラマ「光る君へ」のホームページに和歌考証担当への質問が載った。
――どのような歌が上手な歌と評されるのでしょうか?
(前略)光源氏が花散里(はなちるさと)のところへ行った際に(以下略)
藤波の うち過ぎがたく 見えつるは
松こそ宿の しるしなりけれ

これに対し
年を経て 待つしるしなき わが宿を
花のたよりに 過ぎぬばかりか
(中略)この歌は「過ぎ」「松(待つ)」「宿」「しるし」と4つも言葉が同じなのですね。さらに「切り返し」です。(中略)ずっと光源氏が来るのを待っていたわけですから、とてもうれしいはずなのに、(中略)「うれしい」とは返さないのです。
そして、光源氏の歌では「しるし」は「目印」という意味で使われているのですが、(中略)「かいがある」というある働きかけに対する結果としての「しるし」として使われています。これは、同音異義語で返しているのですから、立派です。

切り返しについては、別のページにまづ
和歌は、今は短歌と呼ばれ(中略)正岡子規らが(中略)「和歌ではない」と考えたためですが、(中略)和歌というのは、平安時代において基本的に「贈答歌」でした。誰かが歌を贈り、それに返すという形です。(中略)一方、短歌は、自分の内面の感情、いわば心を詠むものなのです。(中略)贈答歌の形式から答歌を求めない形、例えば歌を贈りたい相手が亡くなった人であったり高貴な人であったりする場合は、(中略)一人で詠む歌、すなわち「独詠歌」といいますが、この形が今の短歌に結びついたとも考えられます。

和歌にも種類があり、和歌考証の方は贈答歌だけを和歌と呼ぶので、この部分は反対である。
――和歌はどのようなときに詠まれたのでしょうか。 「贈答歌」は、当時の風習により、特に恋歌においては、主に男性から女性に歌が贈られます。歌を詠まなければ求婚さえできませんから、さまざまな噂(うわさ)を聞いて、男性は女性にどんどん歌を贈ります。では逆に、もし女性から男性に贈る場合はどうでしょう。女性のとても強い気持ちが表されることが多いのです。このように和歌を贈る順番はとても大事で、例えば紫式部が著した『源氏物語』においても女性から詠んでいる「恋の歌」の中で、「(男性からの返事を)待っていられない」「(恋しい思いを)強く言いたい」という気持ちが自ら先に読む形、女性の贈歌となっています。平安時代の歌は、詠まれた順番を考えてみるとおもしろくなりますね。

なるほど。
「贈答歌」は、贈られてきた歌の主要語句を必ず入れて返すことが大事です。(中略)そして、その言葉の選択による返し方がうまいとまずは評価されます。
それから、「あなたのことが好きだ」と言われたときに「私も好きよ」と返すのはダメですね。この場合は、「本当にそう? あなたはほかの人にも同じことを言っているのでしょう」というように返すのが巧みな返歌と言えます。この技法を「切り返し」といいます。ですから切り返した歌を送った女性に対して、また男性はめげずに重ねて歌を贈ります。この「切り返し」は拒絶ではありません。拒絶する場合は、歌を返さないのです。

この辺りは、貴族の習慣なのか、遊びなのか。庶民はどうだったのか。
よろづ葉に贈る答ふの歌あるも 時は隔たりのちの世に 歌を集めて真心を表すよりは 巧さにて勝ち負け決める遊びと堕ちる

反歌  贈る歌答へる歌はくに民を離れた人の遊びと堕ちる(終)

「和歌論」(百六十の二)へ 「和歌論」(百六十二)へ

メニューへ戻る うた(七百六十)へ うた(七百六十二)へ