二千百八十二(和語優勢のうた)地元の話題(防災無線、三学院、跳ね橋)
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
十二月十一日(月)
防災無線は聞きづらい。台風の時に、隣町は浸水の惧れがあると云ふことは聞き取れたが、細かいところが分からない。今まで、二つのスピーカーの音が混ざるためだと思ってきた。
先日近くの道路を歩く時に、防災無線が放送を開始した。これがよく聞き取れる。僅かな距離で聞き取れたり聞き取りにくくなるのか、と思った。本日原因が分かった。二階に居て、放送の時に窓を開けると聞き取れる。そして聞き取れない理由は、マンションに反響するためだと分った。
二階は、直接聞こえる音が大きい。一階は、反響する音が大きい。道路は一階の標高だが、場所によって聞き取れたり聞き取りにくくなる。非常時には二階へ上がり、窓を開ければよいことが分かってよかった。
市役所のホームページを見ると、「子どもの見守り放送」が午後二時半。土曜日曜と、春休みなど長期休み中を除き放送される。今までは、年中放送するのかと思ってきた。定時放送として、十月から三月は午後四時、四月から九月は午後五時に、春は「春の小川」、夏は「海」、秋は「夕焼け小焼け」、冬は「故郷」の極が流れる。これは知ってゐた。
毎日の放送により さいたまに所属をするの安心と ふるさととする安らぎがある
反歌
さいたまは中の柱が無い市にて放送により心を繋ぐ
柱が無いのは、東京も同じだ。丸の内、新宿、池袋、渋谷と、中心がたくさんある。しかし、さいたま市は東京と同じだと安心してはいけない。新都心とはいったい何だ。あそこだけ都内か。
十二月十一日(月)その二
本日は、仕事で蕨へ行った。帰りに三学院へ寄った。四十年前に自転車であの近くを走ったことがある。もちろんその後も走ったことは幾らでもあったが、三学院への道案内を見た記憶はこのときだ。てっきり普通のお寺なのだらうと思った。
実際にお寺へ行くのは初めてだ。真言宗智山派で、墓地が広く無縁仏の墓石は廃棄せず積み上げて頂点に観音像がある。積み上げた山は二つある。墓石には比較的新しいものもある。お寺に敬意を表したい。
表に回ると、本堂と隣の仏殿(法要用か)、三重塔、葬儀場(無宗派可)、長屋門、地蔵堂などが並ぶ。本山と称しても良いお寺だ。足立坂東三十三観音霊場の二十番、北足立八十八霊場の三十番。
十二月十八日(月)
本日も仕事で蕨へ行った。帰りに三学院から旧中山道へ通じる道を歩いた。地蔵がかつては中山道入口にあったが、移転した。ついでに徳丸家跳ね橋を見た。蕨宿の背後には堀があり、各戸に跳ね橋があり夜間は上げたさうだ。今は堀が無く、門に跳ねた状態だ。古い物は撤去し、新しい物を付けたと見た人のホームページにあるが、真新しいいたと門も、本日は黒く年季の入ったものになった。
蕨宿 三学院の参道は かつて路傍に地蔵あり 今は移転し門前に立つ
反歌
蕨宿参道近く跳ね橋はかつて堀あり今一つのみ(終)
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