二千百十二(うた)「近代の歌人2」から左千夫、夕暮、篤二郎
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
九月二十九日(金)
「近代の歌人2」からは、子規に続いて左千夫、夕暮、篤二郎の三人を読んだ。左千夫について
現実生活において、生活苦、水害、恋愛、有人・門弟との疎隔など深刻な体験が歌調に悲哀の情調を濃くして行ったのは当然であろうが、それが宗教的な諦念で純化されて作品化されたのが
までを前書きとして、
おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く
鶏頭のやや立ち乱れ今朝や露のつめたきまでに園さびにけり
秋草のしどろが端にものものしく生きを栄ゆるつはぶきの花
鶏頭の紅ふりて来し秋の末やわれ四十九の年行かむとす
今朝の朝の露ひやびやと秋草やすべて幽(かそ)けき寂滅(ほろび)の光
この「ほろびの光」一連は、左千夫の傑作たるにとどまらず、近代短歌史上記念すべき作品である(以下略)
として、そのあと茂吉の賞讃内容を紹介し
声調に重厚さがあり、純粋で濃厚、湿潤華麗、いわば「枯涸した調べではない」という点に注目しなければならない。
小生は字余りに辛い点数を付けるから、最後の一首を除き好きではない。最後の一首は「今朝の朝の」が引っ掛かる。同じ語の繰り返しは、佳くなる場合もあるが、それ以外は悪くなる。
今回引用したのは、小生の意見ではなく、この章を執筆した扇畑忠雄さん(19歳で「アララギ」に入会。斎藤茂吉、土屋文明、中村憲吉に師事。東北大学教授。万葉集の研究を専門)と茂吉に敬意を表してのことである。
左千夫には 戦後昭和の終はり頃悪き評価が出てきたが 昭和五十年代は東北大の教授にて万葉集の研究者 左千夫正しく評価が続く
反歌
他の流派厳しく批判始めたは子規の考へ左千夫に非ず
九月三十日(土)
前田夕暮は
初夏の雨にぬれたるわが家のしろき名札のさびしかりけり
赤く錆びし小ひさき鍵を袂にし妻とあかるき夜の町に行く
など八首について
当時の自然主義風の特色を示していると同時に、明治末・大正初の歌壇の一傾向と相渉るものでもあった。
として牧水の『死か芸術か』、白水の『桐の花』、赤彦・憲吉の『馬鈴薯の花』、茂吉の『赤光』を挙げる。戦後に、アララギ派が大きく変化して行ったのも、周囲の影響でもあった。
さて昭和四年に夕暮は
なお定型律が残存しているが、翌一一月、斎藤茂吉・土岐善麿・吉植庄亮とともに朝日新聞社機(中略)に搭乗(中略)これについて夕暮は「私はこれを契機として(中略)定型律から、口語発想の内在律短歌に進展した
茂吉について前に、新聞社の航空機に乗ってから変はったのではないかと、推理したこちがあったが、夕暮は更に顕著だった。昭和十七年に
伊勢・橿原両神宮に参拝し、つづいて南紀熊野地方を歴訪した夕暮は(中略)四〇〇首ほどの作品は一挙に発表したが、これらはすべて旧来の定型作品であった。
戦争中は旧来になった。敗戦後は、茂吉や文明にもその逆が起きたのではないだらうか。
十月一日(日)
尾山篤二郎は大正二年に歌集『さすらひ』を出版した。
春いまだふかからぬ地をゆくりなく去ればさびしや日も白むかな
磁器のそこに、よどむみどりのかぐはしきころは涙もやりどころなき
などについて、
「極てロマンチックである。而も成型に甘んじ得ず勝手に形を壊してゐる。これは若山牧水などと破調の歌なるものを鼓吹した名残であって」「自然主義の洗霊をいやといふ程亨けてゐながらも、詩的なこと詩人風なことが飯より好きな青春時代であつたから、(以下略)」
と本人の巻末記を引用し
破調の作、(中略)句読点を付した昨がある。(中略)この方向は当時の歌壇の動きに重なる。牧水・(二人略)などの破調歌 窪田空穂でさへ、一時期は句読点を付している時期であった。(一人略)・啄木の三行書き、さらに「アララギ」のいわゆる乱調期の島木赤彦、斎藤茂吉らの動向とも無縁ではない。
大正七年の『まんじゆしやげ』は
彼自身のいうように「古典主義とレアリズムで、(以下略)」
その背景に
大正二年ぐらいから本格的に意欲を持ちはじめた古典研究が身につき万葉ことば、万葉調の駆使に憧れ、(中略)一時期のものであるともいえるが(以下略)
歌では
飛鳥路は夕立すらし葛城や二上山に虹たちわたる
などがある。大正十四年の辺りに入り
篤二郎の自然の歌は自在である。「(前略)自ら迫力がある。(中略)動的である。時に動物的でさへある」(括弧内略)といっている篤二郎が、たとえば、赤彦流の凝視などに批判的であったのは当然である。
篤二郎に限らず、この時代の人たちは、前に一通り歌を読んだことがある。その中で、牧水系とアララギ系しか残らなかった。しかし篤二郎については、古典主義の時代とその前後の流れについて調べてみたい。
万葉と古今に含む美しさ 明治期以降の作者にもあるはずなれど 大正の半ば若しくは敗戦後美しくない歌が蔓延る
反歌
平和には前提がある独立の意志無き国は心が腐る(終)
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