千九百九十七(和語のうた)今月の中旅行(中止)と小旅行(寄り道六回、乗り物のみ四回)
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
四月二十七日(火)
毎月、一回の日帰り旅行と、三回程度の小旅行をする。日帰り旅行を中旅行と称し、通勤時などの立ち寄りを小旅行と称してみた。
中旅行は田子の浦を計画したが水戸に変更し、そして中止した。ここまでは千九百七十四に書いたが、その直後に「かんなみ仏の美術館」に行くことにした。ホームページの案内を引用すると
函南町桑原区では、平安時代の「薬師如来像」や鎌倉時代の「阿弥陀三尊像」など、二十四体の仏像群が、里人の厚い信仰心によって守られてきました。
これら仏像群の散逸を防ぎ、後世に保存継承していくための施設として、明治30年代後半に桑原の有志により、長源寺の裏山中腹に「桑原薬師堂」が建てられました。2008年(平成20年3月)に桑原薬師堂の二十四体の仏像群が、桑原区から函南町に寄付されました。

国指定重要文化財や県指定有形文化財が含まれる。小生は、これら仏像よりも薬師堂を建て後には町が美術館を建てたことに興味を持った。
小生の仕事は日替はりだから、仕事の入らない日がある。時間が短いので月曜から土曜まで働くが、一月は二日、二月は五日、三月は二日仕事が無かった。そして四月は今日まで日曜以外はすべて働いた。だから中旅行に行けなかった。
明日旅行することに決め、仕事が入らないやう手続した。切符を本日買はうとしたら、明日は雨だ。「かんなみ仏の美術館」へのバスは無い。雨の中を往復一時間歩くのは避けたい。と云ふことで、今月の中旅行は中止した。
小旅行は草加松原、須田町二回のあと、西川口が二回でうち一回は東口側に立ち寄ったのと、見次公園と熊野町。電車のみが佐倉へ二回と、バスのみが常盤台まで。退屈しない四月だった。
佐倉は京成で二往復したが、偶然に四回とも快速特急だった。インターネットで調べると、昼間の特急が快速に格下げされ、快速特急が四十分に一本。本数が少ない分、日暮里と京成佐倉を高速で往復した。昭和四十年代前半の急行を思ひ出した。当時は、特急が開運と瑞光で有料、無料の最高速は急行だった。不定期急行もあって「水郷」などを前面と最後尾に付けた。
草枕旅は日帰り月一つ 小さな旅は寄り道へこれは概ね月三つ 歌と合はせて老いの楽しみ

(反歌) 此の月は小さな旅が六つあり乗り物のみがあと四つあり 合はせて十に
五月の連休には、下の子と一泊旅行を予定してゐる。妻に留守番をお願ひした。(終)

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