百八十七、四つの七月二四日


平成二十三年
七月二十五日(月)「横浜の二つの催し物」
昨日は横浜で二つの行事があつた。アロハヨコハマと関帝誕である。特に関帝誕は関帝廟建立百五十年で特別な御祭であつた。私はまづアロハヨコハマの主会場の大桟橋に行つた。その後サテライト会場のランドマークタワーに行きKonishikiの歌を聴いた。Konishikiとは元力士の小錦である。まだ生きてゐたんだ。

七月二十六日(火)「文化侵略」
ハワイ語は絶滅寸前である。アメリカ大陸の先住民を滅ぼし、ハワイの言語も滅ぼす。アメリカといふのは地球の癌細胞である。だからハワイから来たフラダンスチームのうち英語の歌のときは会場の出店を観て回つて観覧を拒否した。
それにしてもアロハヨコハマのパンフレツトはよくない。まづ「OFFICIALパンフレツト」とはいつたい何だ。公式パンフレツトと書くべきだ。「ALOHA YOKOHAMA 2011」のデザインもよくない。「アロハ横浜、平成二十三年」と書くべきだ。ここはアメリカではない。

桜木町の駅前広場にもう一つのサテライト会場がある。ここは臨時に舞台を作つたので後のビルの商店が普段表示してゐる白人の女の写真が背後にある。ああいふものの前で歌ふのは国の恥である。例へばロンドンかパリで日本人の歌手の写真の前でイベントを開いたりはしない筈だ。
アジア人の写真なら問題はない。ここは日本なのだから。白人、黒人、アジア人の写真を並べても問題はない。世界を表す。しかし白人だけを展示するのは人種差別である。日本から人種差別展示を撤廃させよう。

七月二十七日(水)「中台米の攻合ひ」
関帝誕は百五十周年なので百年前の五十周年と同じ形式でパレードは元町の厳島神社まで行つた。普段は中華街の中だけなので元町の買い物客などが爆竹の音に集まり歓声が上がつたそうだ。中華街には大陸系と台湾系の団体があり、双方が協力して運営するらしい(
関帝廟の写真。大陸系は日本式の略字、台湾系は正字を用ひてゐる)。パレードは台湾系が目だつた(写真)。そのことは何ら問題はない。台湾で心配なのは大陸と対抗する余りアメリカ寄りになることだ。
昨年の行事ではコカコーラがオフシャルスポンサーになり関係者は「Staff」と大きく書かれた黄色のジヤンバーを着た。行事の協賛金を出してくれて行事が盛大になるのはよいことだが、日本国内の中国系の行事にアメリカの会社がスポンサーになることは好ましくない。日本の企業がスポンサーに立候補すべきだ。

七月三十日(土)「欧米に媚びてアジアを見下す日本のマスコミ」
その前日に中国の高速鉄道で事故が起きた。先進国から見れば非先進国のすることは不十分に見へる。カネがあれば質を幾らでも高めることができるからだ。私が小学校低学年のときは酒屋の軒下にブリキ製で「なくそう密輸入酒」といふ看板がぶら下げられてゐた。経済成長とともに密輸入酒はなくなつた。
アメリカのロサンゼルスで暴動が起きたときに商店が略奪されるためライフル銃で自警する人が現れた。略奪者は撃ち殺すといふ野蛮なやり方である。あるいはイラクに対し大量破壊兵器があると言ひ掛かりを付けて戦争を始めたが、実際には大量破壊兵器はなかつた。
欧米のすることは正しく非先進国のすることは見下す。日本は戦前と変はつてゐない。 もちろん中国の鉄道にも改善すべき点は多い。例へば四人家族で深センから広州まで高速鉄道に乗つたとき切符の席が一人ずつばらばらだ。あるいは香港の鉄道は広東語と北京語で放送するのに深センから先は北京語だけだ。こういふ発想が事故の原因にもなる。

七月三十一日(日)「雨ニモマケズ」
二四日はもう一つ大きな行事があつた。正午を以つて戦後の経済成長とともに発展したテレビのアナログ放送が停止された。
アロハヨコハマで歌手のうすいなおこさんがハワイアンのほかに宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に曲を付けて初披露した。中華街のパレードでは「がんばろう東北」「東北加油」といふたすきをかけた人形も登場した。
アメリカの圧力とともに始まつた高度浪費社会が東北大震災によつて転換したことは間違ひない。(完)


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