千八百三十五(和語のうた) 佐竹昭広「字余り法則の発見」
壬寅(西洋野蛮歴2022)年
九月二十一日(水)
佐竹昭広集第一巻の第一章「字余り法則の発見」を紹介したい。
宣長の説は
字余りにはその句中に必ず単独の母音々節(エを除く)がある。

エを除くことについて、橋本進吉の説を引用し
古く「え」はア行のエとヤ行のエとに分れてゐて、字余りに関係のあるのは母音即ちア行のエであるべきであるが、ア行のエを有する語は非常に少数である故、字余りに用ゐられた例が見出されないのであらう。

とする。
次に、字余りの句は母音々節がある理由として
その一句を詠ずる時は、その母音々節は前の語の最後の音節を構成する母音の直後に続いて之と接触する事となるのである。


九月二十三日(金)
佐竹さんは、宣長の「あ、い、う、お」を第一側とし
第二則 句頭に単独の母音々節、
(1)「イ」音がありその次にくる音節の頭音が(j)であるか、又は次の音節にそれと同じ母音(i)を尾母音として含む時、
(2)「ウ」音がありその次にくる音節の頭音が(w)、(m)の時、
その字余りは差支へない。
第三則 句中に
(1)ヤ行音がありその上にくる音節の尾母音が(i)、(e)である、即ち、ヤ行子音(j)がその上の音節の尾母音(i)、(e)と相接する時、
(2)ワ行音がありその上にくる音節の尾母音が(u)、(o)である、即ち、ワ行子音(w)がその上の音節の尾母音(u)、(o)と相接する時、
その字余りは差支へない。

これは貴重な情報である。
古の歌詠み人は難しい則(のり)を知らずに調べを守る

我々現代人がすべきことは、過去の字余りは情報不足が原因だから不問に付し、歴史的資料として尊重する。しかし今後は、字余りの歌を作らないことが重要である。
今は昔みたいに謡はないから、第一則に合ってゐても字余りは声調が悪いと感じることが多い。そして、発音が古代と異なるので。第二則や第三則に合ってゐても字余りは声調が悪いと感じる。
だから字余りはしないのが一番良い。しかし第一則は、謡ふことで字余りではないと感じ取れるやうには、なりたいものである。(終)

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