千八百三十三(和語のうた) 「名歌辞典」を再度読む(その四)
壬寅(西洋野蛮歴2022)年
九月十八日(日)
「あ」に入り
暁とつげのまくらをそばだてて聞くも悲しき鐘の音かな

新古今。「つげ」が、暁を告げ、とまくらの材質を掛けるところが美しい。しかし夜明けだから、心も明るくなる。年老いても「悲しき」は無理がある。「明るき」では駄目なのか。
暁と夜烏(よがらす)鳴けどこの山上(をか)の木末(こぬれ)の上はいまだ静けし

万葉。夜烏と山上の木末の対比が美しい。「あかねさす紫野行き標野行き(以下略)」は有名なので略し
秋風にした葉やさむくなりぬらむ小萩が原にうづら鳴くなり

後拾遺。簡単な作りが美しい。「した葉やさむく」も美しい。
秋の夜に雨ときこえて降るものは風にしたがふ紅葉(もみぢ)なりけり

拾遺和歌、貫之。「雨ときこえて」「風にしたがふ」の対比が美しい。
秋の夜のほがらほがらと天の原てる月影に雁なきわたる

賀茂翁歌集。「天の原てる月影に雁なきわたる」が美しい。
あさぢ原ぬしなき宿のさくら花こころやすくや風に散るらむ

拾遺和歌。「ぬしなき宿のさくら花」が「こころやすくや風に散るらむ」に発展するところが美しい。
朝づく日向かひの山に月立てり見ゆ遠妻を持ちたる人は見つつ偲(しの)はむ

万葉。仏足石歌なので取り上げたが、万葉の時代とその後では美的感覚が異なるのかと云ふ気はする。枕詞「朝づく日」と、「月立てり」の時間関係はどうなるか。私は夜だと思ふ。
朝な朝(さ)な吾が見る柳鶯の来居て鳴くべき森(しげ)に早なれ

万葉。「朝(さ)な」「森(しげ)に」の読みに、時代差を感じて美しい。「朝な朝(さ)な」と五音に収まるところも美しい。
よろづ葉の世の読み方を今見れば時の長さと美しさあり

朝菜つむ野辺のをとめに家とへばぬしだにしらずあとの霞に

晩花集。「ぬしだにしらずあとの霞に」が美しい。
朝日影にほへる山に照る月の厭(あ)かざる君を山越(やまごし)に置きて

万葉。「朝日影にほへる山」がまづ美しく、その次の句までが序詞なのも美しい。
あさま山神のいぶきの霧はれて雲居にたてる夕けぶりかな

琴後集。雄大な光景が美しい。
あしひきの山川の瀬の響(な)るなへに弓月(ゆつき)が嶽に雲立ち渡る

瀬の音が聴こえてくるのと、雲が立ち渡るのと、呪術的に関係があるのではないか。さうでなければ腰折れになってしまふ。「山川の瀬の響(な)る」「雲立ち渡る」が美しい。
「天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ(以下略)」は有名なので先へ行き
天つ空ひとつに見ゆる越(こし)の海の波をわけてもかへるかりがね

千載和歌。「天つ空ひとつに見ゆる越(こし)の海」と「波をわけてもかへるかりがね」の対比が美しい。
天の河遠き渡りはなけれでも君が船出は年にこそ待て

万葉。「遠き渡りはなけれでも」と「年にこそ待て」の対比が美しい。
天の戸をおしあけがたの雲間より神代の月のかげぞ残れる

新古今。天照大神の故事に因む「おしあけ」が「あけがた」の序詞と、それが神代に戻る工夫が美しい。尤も二句目まで同じ歌がもう一首新古今にあるので、どちらが古いか。
「天の原ふりさけ見れば春日なる(以下略)」は有名なので先へ行き
海人小船(あまおぶね)帆かも張れると見るまでに鞆(とも)の浦廻(うらみ)に浪立てり見ゆ

万葉。「海人小船」「帆かも張れると見る」「までに」「鞆の浦廻に浪立てり」が美しい。つまり万葉の時代との表現差が美しい。
「天地の 分かれし時ゆ 神さびて 高き貴き 駿河なる(以下略)」の長歌は有名なので次へ行き
天にはも五百(いほ)つ綱延(は)ふ万代(よろづよ)に国知らさむと五百つ綱延ふ

万葉。古事記に載るやうな調べが美しい。尤も字数がきちんとふところは万葉だ。

九月二十日(火)
「い」に入り
伊香保嶺(いかほね)に雷(かみ)な鳴りそね吾が上(へ)には故は無けども児らによりてぞ

万葉、東歌。「雷(かみ)」「吾が上(へ)」に時代の長さを感じる。「児らによりてぞ」は今でも通用するが、時代差を感じる。
伊勢の海の沖つ白浪花にもが包みて妹が家づとにせむ

万葉。「包みて妹が」「家づとにせむ」が美しい。
稲日野(いなびの)も行き過ぎかてに思へれば心恋(こほ)しく可古の島見ゆ

万葉。時代差の美しさ。
印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)おしなべさ寝る夜のけ長くしあれば家し偲(しの)はゆ

万葉。質素な旅が美しい。
「命の 全けむ人は たたみごも (以下略)」(古事記)は有名なので先へ行き
岩くえて磯回(わ)の城戸(きど)のあれにしを夜声さむくもよする波かな

柿園詠草。「岩くえて」「磯回の城戸」が美しい。「夜声さむくもよする波」も美しい。
伊波世野に秋萩凌ぎ馬並(な)めて始鷹猟(はつとがり)だにせずや別れむ

万葉、家持。内容は最悪だが、声調が美しい。娯楽で鷹猟なんかしてはいけない。
「石(いは)そそく垂水の上のさ蕨の(以下略)」は有名なので先へ進み
石(いは)走る滝もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば京師(みやこ)し思ほゆ

万葉。「石(いは)走る」が美しいが、今先へ行った歌の「石そそく」を「石はしる」と読む説もあり、こちらが一般的だ。これが二番煎じでも、「滝もとどろに鳴く蝉の」が美しい。
飯こふとわが来(こ)しかども春の野に菫(すみれ)つみつつ時をへりけり

良寛歌集。全体の流れが美しい。
家思ふとこころ進むな風守り好くしていませ荒しその路

万葉。「こころ進むな風守り」に万葉時代との膨大な時間差を感じる。「好くしていませ荒しその路」が美しい。
家離(さか)り旅にしあれば秋風の寒き夕べに雁鳴きわたる

万葉。全体の流れが美しい。
家にあれば笥(け)にもる飯(いひ)を草枕旅にしあれば椎(しひ)の葉にもる

万葉。有間皇子が謀反の疑ひで紀伊に送られる途中で呼んだ歌。一般の旅人の歌として美しい。
家にして吾は恋ひなむ印南野(いなみの)の浅茅が上に照りし月夜(つくよ)を

万葉。月夜を「恋ひなむ」に時代差。「印南野の浅茅が上に照りし」が美しい。地名は美しさに重要なことを示す。
廬原(いほはら)の清見の埼の三保の浦の寛(ひろ)けき見つつもの念(おも)ひもなし

万葉。最初、青色で選ぼうとしたが、五句目の「もの念ひもなし」が壊した。解説を見て分かった。上野国司に任じられ清水市の海の上で詠んだ。そんな特権階級で生活意識が無いから、こんな歌になる。「廬原」「清見の埼」「三保の浦」と、地名の美しさは歌になる。
今ぞ知るみもすそ河の流れには浪の下にも都ありとは

源平盛衰記。壇ノ浦の入水が背後にあるので、状況が美しい。みもすそ河の流れの意味を織り込んだのも美しい。
伊夜彦(いやひこ)の神の麓に今日らもか鹿(か)の伏(こや)すらむ皮服(かはごろも)着て角附きながら

万葉唯一の仏足石歌。弥彦山は、このときはまだ越中だった。
伊夜彦はのちに越後へ人と田と海と魚も今に繋がる


九月二十二日(木)
「う」に入り
うち霧らし雪は降りつつしかすがに吾家(わぎへ)の苑(その)に鶯鳴くも

万葉、家持。吾家を「わぎへ」と読むことが美しい理由だ。これを「わがや」と読むと、平凡な歌になってしまふ。「霧らし」と「しかすがに」は、やはり美しいが。三つとも古風が美しい。万葉集に選ばれたといふことは、その当時既にこれらの表現は古風だったのではないだらうか。
海原を八十島(やそしま)隠(がく)り来ぬれども奈良の都は忘れかねつも

万葉。「海原を八十島隠り」が美しい。
畝傍山昼は雲とゐ夕されば風吹かむとぞ木の葉さやげる

古事記。昼と夜の対比が美しいし、夜の「風吹かむ」と「木の葉さやげる」の時間差も美しい。そしてこの歌は、綏靖天皇の兄が、三人の異母弟を殺さうとしたとき、三人の母が危急を知らせる為に作ったとあり、物語性も美しい。
味酒(うまざけ) 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見さけむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや

万葉、額田王。和歌の字数が固定する前の歌。万葉に採用されたことが美しい。
音合ふがふることふみにうらはらはよろず葉にても合はないがあり

「瓜食(は)めば 子ども思ほゆ (以下略)」は有名なので次へ行き
うれしきを何につつまむ唐衣袂(たもと)ゆたかに裁(た)てといはましを

古今。「うれしきを何につつまむ唐衣」が美しい。
うれしきは昔も今も有難し包み控へめ人へ気遣ふ


九月二十三日(金)
「え」は五首しかなく、「お」に入り
老いの身のあはれを誰に語らまし杖を忘れて帰る夕ぐれ

良寛歌集。良寛の歌は、清貧、無欲と重なるから美しい。この歌が元国司の作だったら、まったく美しくない。
奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき

古今。「奥山」「紅葉ふみわけ鳴く鹿」「秋は悲しき」と落葉の悲しさで統一されてゐる。
「憶良らは今は罷らむ子泣くらむ(以下略)」は有名なので略し
遅くとく皆我がやどに聞こゆなりところどころの入相(いりあひ)のかね

浦の汐貝。「遅くとく」「皆我がやどに」の筋書きを「入相のかね」で美しくまとめた。
大船(おほぶね)に真楫(まかぢ)繁貫(しじぬ)きこの吾子(あこ)を韓国(からくに)へやるいはへ神たち

万葉。時代差の表現が美しい。
えには歌おには佳き歌少なくも四(よ)つを選びて先へと進む
(終)

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