千七百八十(普通のうた、和語のうた) 閲覧注意三枚のメモ書き歌
壬寅(西洋野蛮歴2022)年
七月十四日(木)
暇なときにメモ紙に書いた二枚(うち一枚は裏表)の歌を忘れてゐた。本日も一枚書いたので、すべてをここに書き、パソコンに直接入力した歌と、どこが異なるかを調べたい。
一枚目は、昼間に機関車が前照灯を点けて、入れ替へを行ふところが見えた。
機関車は前照灯を点けて押す長い編成検修庫へと 小雨降るなか

次は、歌集を読むと、佳い歌が特定の章に重なることについて
家に居てみどりの歌を読み進む佳き歌の群れわずかな訳を

朝仕事に出るとき、小雨が降り出した。
家を出る小雨が急に降り出して干す物軒の下へと移す

帰宅後数時間してまた降り出したので
時が経ち小雨は今も降り続く軒ではなくて部屋に干すべき

次は今でも思ふが
また読むも茂吉の歌は美しさ無く醜さと字が続くのみ

そして
昼までは曇り空にて夕方は雨との予報みごと外れる

以上の歌は、同じ日に作った。

もう一枚の紙には
梅雨明け後特に暑き日身と心動きが鈍り歌また鈍る

次は風に土が舞ふマンションで
土色のほこりが積もる手すりにはどこから来るか河原か空き地

次は旅行について
旅に出て二つ三つと泊まるのち 家に戻ると出る疲れ 日帰り四つ同じ疲れに

(反歌) 日帰りも泊まると同じ楽しさが疲れも同じこれも楽しい
そして
この次も四日の旅を待ち望むしかし行く先残りわずかに

以上と、前ページの人を物扱ひしてはいけないの三首を、同じ日に作った。

紙の裏側は別の日の作で
いつもなら梅雨の盛りになるはずが 今年の今日は雨知らず 梅雨は過ぎ去り暑さに負ける

次は
今頃がいつもの年は梅雨空で旅に出るのが気掛かりが 今年は既に夏になり強い暑さに慣れたため 旅は楽しく思ひ出積もる

これは旅行から帰った後だから云へるのであって、旅行中は暑かった。浅間温泉で左千夫の石碑を観に桜ヶ丘をのぼるのを止めたくらいへばった。
越後では和島島崎 信濃では善光寺にて御開帳浅間の湯では調べもの みちのくにては二つの湯 上総の伊藤左千夫の生家


本日のメモ書きは、昨日一年ぶりに勤務したマンションは私が初めてから三ヶ所目なので懐かしく
縦長屋ひと年前はみたび目に今ふたもも目業のふるさと
縦長屋石神井川に沿ひあるく静かなおかにみやびその中
練馬にはかつておほねで名を得たが畑が消えて家を連ねる
なつかしき縦長屋にはひとたびの務めのみにてひととせを経る


七月十五日(金)
手が空いたときは、図書館から借りた本を読む。既に読み終はったり、期待と違った本だったので、メモ書きで歌を作る機会が最近四回あった。
通常の歌は、ホームページの文章を作った直後や、数時間後、数日後に作る。それに比べて、裏紙を前に鉛筆を持つと、歌を作らなくてはいけない雰囲気になる。この違ひが、歌に表れた。
もう一つ、ホームページに入れた歌は、推敲の機会がある。メモ用紙の歌は、その存在すら忘れてしまった。今回ホームページにまとめるときに、二首ほど推敲したが、それ以外は作ったときのままだ。
だからこのページの歌は、他の歌とは生まれと育ちが違ふ。(終)

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