千七百二十(歌) 塩尻宿、みどり湖駅、空穂記念館
壬寅(西洋野蛮歴2022)年
四月十五日(金)
本日は、塩尻宿と空穂記念館に行った。旅の概要は
1.塩尻宿と空穂記念館に行く
2.みどり湖駅で初めて下車する
本日は信濃と越後のどちらにするか、未定だった。天候に合はせて信濃に決定した。一昨日に下諏訪の宿場街道資料館で観た地図は、中山道が塩尻を通らない。帰宅後に調べると、江戸時代に中山道が塩尻峠経由に変更された。
そこで急遽、塩尻宿に行くことにした。列車の時刻を調べる時間を惜しみ、塩尻駅までは、一昨日と同じ列車にした。ここで失敗をした。一昨日は塩尻短歌館に寄ってから中央東線の上り各駅停車に乗った。本日は塩尻駅から直行だから列車が無い。
塩尻宿まで歩くことにした。帰り用にみどり湖駅の下り時刻も調べた。今まで移転前の塩尻駅を見て昔の塩尻を、移転後の塩尻駅を見て今の塩尻を見たつもりになった。しかし塩尻駅は塩尻町にはない。隣の大門だ。多くの人がここを誤解する。
みどり湖駅からの道順しか調べなかったので、案内所で説明を聞いて、歩き始めた。旧道入り口まで2kmだ。ここから旧道を1km歩いた。堀内家住宅を門内で観て、本陣脇本陣陣屋跡に至る。笑亀酒造で300ml瓶を買った。わずかな金額なのに、丁寧に対応して頂いた。車で行った人は、ぜひ一升瓶で買ってほしい。
三州街道(伊奈街道)に右折すると1Kmでみどり湖駅だ。ここはトイレやゴミ箱が無く、駅と云ふよりは停留所だ。駅名がよくない。塩尻宿が近いのだから、塩尻宿(または本塩尻)と改名すべきだ。
曇り空塩尻宿で酒を買ひみどり湖駅で雨が降り出す
ひと時雨(しぐれ)塩尻駅に着く頃に雨は小降りか霧雨となる
塩尻で特急列車と待ち合はせ乗り換へ一つ先は松本
松本では、昨年八月の豪雨で松本電鉄が一部不通になり、代行バスと乗り場を見た。そのあとバスターミナルへ行った。前より位置が右にずれたのでは。駅の出口が左に寄ったためだ。以前は、一番線から出口と入口は位置が違った。
和田町郵便局で降りて、少し歩くと空穂記念館と生家がある。生家は入場無料だが、まづ記念館に入った。
松本で代行バスを見たときはまだ降る小雨和田では上がる
生家には「まひる野」が和室を一つ閉めて会合をしてゐた。聞いたことのある名で帰宅後に調べたら、空穂の歌集名だ。障子越しに話が聞こえたが、歌の話題ではなく雑談だった気がする。尤もここで充電して家でよい歌を詠む。理想の形態である。
中信濃和田と広丘下諏訪に三つの館歌の故郷(終)
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