千四百九十 (和歌)ビジネス旅館東半が廃業
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
十月十八日(日)
南浦和駅西口から10分ほど歩いたところに、ビジネス旅館東半があった。最近取り壊されたので、本日見に行った。東半に敬意を表し、そのホームページが消滅することを惜しみ記録させていただくと
長期滞在可能な格安ビジネス旅館
さいたま市、南浦和駅近くの格安宿「ビジネス旅館東半」は、
京浜東北線、南浦和駅より800mの距離。
車でも都心への便もよく首都圏を効率よく仕事する時の常宿に最適!
とある。「宿泊料金」のタグには
やっぱり畳
食事もしっかり
ゆったりお風呂
と、それぞれの写真とともにある。
お得な料金プランをご用意しています。
宿泊プラン 料金
夕朝食付きプラン 6,000円+消費税
朝食付きプラン 5,000円+消費税
素泊まりプラン 4,500円+消費税
※料金は一名様ご利用料金です。
※ハブラシ、タオル、浴衣はご用意しております。
埼玉県で行われ国体等で、宿舎として当旅館はご利用されています。
埼玉では昭和四十三(1967)年と平成十六(2004)年に行はれた。前者は会場が川口市と戸田市、後者は熊谷市だから、昭和四十三年のときだ。
駐車場、完備 中・大型バスも駐車可能です。
スポーツ合宿などでもご利用頂けます。
国体等でも指定宿泊先としてご利用頂いております。
とある。
現場作業での長期滞在利用者の方には、夕食・朝食が好評です。
たっぷり浸かれるお風呂でゆっくり体も癒せます。
合宿、バス移動の団体様、旅行や応援の遠征の中継地としてご利用者の方など、車で移動される方にも、どこに行くにもちょうど良い場所として、好評なロケーションです。
敷地が広く、しかし文化センター通りに面したやや細長い部分は、中央に電柱が残置する。なるほど電柱の手前右側が大型バスの駐車場、やや細長い部分の先は右側に旅館、左側に普通車の駐車場だったのかと納得した。
「設備・サービス」のタグは
お風呂のご案内
共同風呂があります。11時までお入りになれます。その他の時間になる場合ご相談ください。
出来る限り対応させていただきます。
ランドリー
有料にて洗濯機および乾燥機が用意してあります。
おん、洗剤に関しては無料にてご利用できます。
備品
ハブラシ・タオル・浴衣は用意しております
駐車場
駐車場は、中・大型のバスも駐車できるスペースをご用意しています。
館内無線LAN
館内であれば、どこでも無線LANにてインターネットに接続する事が可能です
高速光回線にて接続しておりますので、現場の作業状況をクライアントに送る事など可能となります
近年の無線LANにも対応し、優れた経営だ。「おん、洗剤」は原文がさうなってゐる。
「地図」のタグには、スーパー、コンビニの載った地図の下に
当旅館がある、さいたま市南区は、首都圏での作業の拠点として抜群のロケーションです。
特に、車での移動では、東京23区へのアクセスは非常に便利です。
東京で、直ぐに付ける市区としては、板橋区、北区、足立区、練馬区、西東京市、それと隣接する市区
道路で言うと、山手通り(17号線)、環7通り、環八通り、首都高速5号線、外環自動車道およびそこから伸びる各高速道路(関越自動車道、東北自動車道、常磐自動車道、首都高速・川口線へは、外環の下を通っても行く事が可能です)が、通っています。
地方から東京およびその近郊の工場を複数メンテナンスする必要がある会社の方にも、拠点としてご利用されております。
とある。更にその下に電車、車での来る方法が書いてある。
「周辺紹介」のタグには
車でのご利用であれば、車で30分の範囲であれば、多くの文化・情報・スポーツ施設がございます。
リンク先は、当館をご利用頂く方々が便利となる為に作成しております。
リンク先も募集しますので、ご希望の方がいらっしゃいましたらメールにてお伝えください。
当社にて判断しまして掲載させていただきます。
周辺には大きな工場等がある関係で、機械のメンテナンス等で出張し、宿泊先として当館をご利用頂く機会も多くいらっしゃいます。
また、建築現場で働く多くの方の常宿としてもご利用頂いております。
スポーツ大会や国体などでのご利用もございます。
それ以外でも、この地域で唯一食事のご用意がある旅館だからと、ご利用頂く方が多くいらっしゃいます。
文化・情報・スポーツ施設の紹介
さいたま市民会館うらわ
(住所、電話FAX番号URL略)
さいたま市文化センター
(住所、電話FAX番号略)
戸田市文化会館
(住所、電話FAX番号URL略)
(中略)
浦和レッズ応援スタジアムはこちらです
埼玉スタジアム2002
(住所、電話FAX番号略)
十月二十四日(土)
東半を紹介した理由は、昭和四十年代の香りが漂ふ。昭和四十九年辺りから、日本の貿易黒字が問題になり始めた。その前の時代だった。
まづビジネス旅館と云ふ言葉が珍しい。ビジネスホテルが一般化するのは、昭和五十五(1980)年辺りだ。
銭湯が普通の時代の旅館にて 個室に風呂は備はらず コンビニはまだ現れず 食事は付くが普通の時代
(反歌)コンビニやスーパーが載る地図を見て長期滞在除き苦戦に
(反歌)最後まで昭和の香り漂はす経営努力敬意感服
十一月十五日(日)
一昨日から宅地造成が始まった。三つに分かれ、一つは私道と五区画、もう一つは裏側の道路に面して二区画、残りは駅前通りが斜めに合流するバス通りに面する長方形の土地で、ここは商業施設だらう。
目の前の駅前通り合流の道には幾つか商店が あると云へども民家が多し
(反歌)バス通りほかほか弁当閉店しほかには店が増える事なし
別のサイトによると十二室とある。更に別のサイトによると
「食事を、しっかり食べられる旅館です。晩酌もバッチリ!朝食は6時からOK!
月曜から土曜日までの、食事を同じ物が出ないように頑張っています。
ほのぼのとした、家庭料理の食べられる旅館です。」
とある。
西暦の六十五年昭和では四十年代初めころ駅前通り造られる それまで細き道のみで 昔からあるバス通り道の脇にはどぶ川が埋め立てられてまだバスは無し
(反歌)
東半はどぶ川消えた道の端事業始める貴重な旅館(終)
追記十一月十六日(月)
私が旅行する時は、一泊4000円前後の素泊まりに泊まる。首都圏で4500円だから、苦戦ではなかったか。苦戦と感じたのは食事付きで、長期以外は少ないかも知れない。
(見沼代用水、十三の三)へ
(見沼代用水と地元の話題、十五)へ
メニューへ戻る
(和歌三十)へ
(和歌三十二)へ