千四百五十七 和歌が社会を良くする理由
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
八月二十一日(金)
和歌が社会を良くする理由は、和歌には字数の制約がある。これが大切だ。
かつてオリンピックはアマチュアの制約があった。それが全体に良い影響を与えた。アマチュアの制限を無くした結果、ドーピング違反だコンドーム大量配布だと、汚いニュースが多くなった。
和歌には字数の制約がある。これが良い影響を与へる。

八月二十二日(土)
長歌を作って判ったことは、文語と異なり口語は助動詞が少ないから、字数合はせに苦労する。しかし、字数の整った文章は、読んで心地がよい。苦労した甲斐はある。
近年の短歌が低調なのは、重箱の隅をほじくるからだ。何人かの歌人の書籍を読むと、一般の作を添削したものが載る。歌人の添削だから、ほとんどは優れたものになる。しかし原作と同じ程度のものもある。どこが良くなったか、変更した理由を何回読んでも判らない。
それは歌人も経験があるらしく、同じ流派の歌会では皆が納得するが、初めての学習会だと添削に不満を持つ人もゐるさうだ。
流派の違ひは大きい。私は写実主義だ。浪漫主義とは感性が異なる。写実主義は、素材を選ぶところで感情が入る。素材を文章にしたときにも入る。読む人にも感情が生じる。つまり写実主義は、物を描くのではなく、心の動きを描く。

八月二十三日(日)
写実主義に言及したのは、写実主義は風景や出来事を描くのではなく、実はその背後にある心の動きを描くことを云ひたかった。浪漫主義は心の動きを描くから、どちらも目的は同じだ。

八月二十四日(月)
かつて文章は文語体、日常会話は口語体だったから、文章を作るには、それなりの制約があった。和歌は文字数の制約があり、これは文語体を遥かに上回る制約だ。文語体は、文法を学べば出来るやうになる。文字数は、和歌を作る限り、永久に続く。
和歌の中でも長歌は、日記、紀行文、随筆と何にでも使へる。しかも文字数に制約があることで、文学性も保てる。(終)

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