千四百十三 経典学習会(念住経、集まりの部)
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
一月十九日(日)
今月の経典学習会は、帰国中だったオバササヤドーが日本に戻ったため、三か月ぶりに念住経だ。今日は「集まりの部」で経文の要旨は
次に比丘は五つの固執される集まりの法を随観し続ける。「これが色であり、色の生起であり、色の消滅である。受であり、受の生起であり、受の消滅である。想であり、想の生起であり、想の消滅である。行であり、行の生起であり、行の消滅である。識であり、識の生起であり、識の消滅である」と自己、他、自他の法を随観する。また法を生法、滅法、生滅の法と随観する。そして法のみあるとの念が起こる。これは智慧の増大、念の増大のためになる。愛着・誤った考へによることなく、世の何ものにも執着しない。比丘はこのやうに五つの固執される集まりに関する法において、法を随観し続ける。

私のメモ書きは、今回難しいところなので間違ひが多いが、このページを読んでくださる好学の人たちのために記載すると
五つの固執=>煩悩が集まる場所 五蘊との違い。阿羅漢まで行くときは邪見や疑いがない
預流にならないと果心や道心になれない
色の集まり 地水火風
地は4+24=28  どういう概念(もの)、どういう能力(ことができるか)、どういう出来事が生じるか、生じる一番近い原因。水火風も
受 楽、苦、楽でも苦でもない、・・・
楽はこれらについて4つづつ 想は1つ 行は5つ 識は8つ
法は難しい。お釈迦様が入れた目的は、法と生物を分けてほしい。
体が熱くなったのは火の要素。生物だと思ってしまふ。
28より多くならないし、少なくもならない。
五蘊がなぜ色から始まるかは、判りやすいやうに。(1)出来事の順、(2)でき事が出来て消す順、(3)修行する順番、(4)人間界など界の順、(5)経典の順
我といふ執着起きる。目は目。だから色から始める。目があり、景色があり、良いものを見ると良い受、悪いものを見ると悪い受。感情で一番判りやすい受。良い受、悪い受を分けるのは想。良いことだけ行ふのは行。ナマを取り仕切ってゐる識。
大念住経はヴィパッサナできる五蘊だけを説明。修行で間違へないため。
色を病院とすると、識に似た患者、受は病気、想は病気の原因(暑かったり、合はない食べ物など。煩悩覚へる)、行は悪い食べ物を食べる寒いときにそのまま出かけるなど。
別の例で、色は刑務所、受は32の受刑者への罰(体の32の部位から)、想は犯した罪、行は32の部位から処罰する人、識は受刑者。
別の例で、色は食事の乗っている皿、受は味、想はいい味か悪い味か、行は料理をご馳走してくれる人、識は食べる人
五蘊が滅することを忘れ自分の所有物だと思ふと、執着、怒り。


一月二十日(月)
和光のお寺へは、天候が悪くない限り自転車で往復するが、毎回どこかで間違へる。前回は帰路の先魂大橋を、歩道ではなく車道を走ってしまった。車道に自転車通行禁止の標識はないから交通違反ではないのだが、自転車用の白線が通常は幅1mくらいあるのに30cmくらいしかなく、しかも長い橋の上なので、時速100キロくらいで走行する悪いヤカラがゐる。さすがにすぐ横の車線は走らないが、1車線空けても時速100キロで自転車の横を走行されると嫌な感じがする。
今回は往路で、できるだけ歩道を走った。すると下水処理場の前などを通って閉門された簡易柵が二つある。どちらも柵の間を手で押して通過できるが、数か月に1回だから通過できるかどうかハラハラしながら走らなくてはならない。
帰路では、車道から歩道に移らうと思ったところにチェーンが2段ある。ここもその前後と同じでガードレールなら、手前の横断歩道のところで歩道に入る。ここだけ1区間ガードレールが無いから遠くから見ると歩道に入れるかと思ってしまふ。横断歩道まで15mくらい戻る方法もあるが、自転車を降りて持ち上げて2段のチェーンを乗り越えた。
先魂大橋の先で国道17号新大宮バイパスと交差する。ここも難関である。歩道を走るとスロープを上下して歩道橋を渡ることになる。往路では歩道橋を走る自転車がしたから見えたが、私は「なぜそんな面倒なことをするのか」とばかり一旦戻って車道に出て、信号のある交差点を渡った。帰路は往路の経験が活きて、手前で車道に出た。
前回は、歩道を交差点まで行ってしまひ、ガードレールに切れ目がないからそのまま新大宮バイパスを左折し、ずいぶん遠回りした。
今回は新大宮バイパスの先で車道を走ると、防音壁が左側にあって、まるで高速道路を自転車で走る感覚だ。そのうち左側に高速への分岐がある。自転車は左側走行が原則だが、このまま左側を走ると本当に高速道路だ。道路標識があるからそんな間違ひはしないが、後方から拘束に入る自動車の無いことを確認して、直進した。
どうも外環道路は、自転車にやさしくない。

一月二十五日(土)
新しい参加者が二人ゐた。一人は質問会の終了ととも帰ったが、もう一人は終了後のお茶の時間も参加した。本日はお茶とお菓子、この方が持って来られた饅頭を食べた。ブッダが自分の言葉でと話したのを後世の人がブッダの言葉と誤解したと馬場さんが言ったといふので、中村元さんが云ふやうに半マダガ語だったブッダの言葉をサンスクリット(お茶の時間にはベーダ語が出てこなかったので)にしてはいけない意味では、と私の意見を述べた。(終)

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