千四百 日本では部派仏道の研究が重要だ
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
十二月二十八日(土)
日本では、ミャンマーなど上座の国で修業した人が帰国すると、最初のうちはおとなしくしてゐる。しかし年月を経過すると、ブッダになっただとか、上座と大乗を越えただとか、自分勝手な説を言ひ出す人が多くて困る。
明治維新以降、キリスト教が日本に入ったときに、このやうな現象が起きただらうか。起きるはずがない。
欧米のすることは正しく、日本は遅れてゐて、アジア各国は更に遅れてゐると云ふ、奇妙な世界観が根底にあるから、東南アジアや南アジアの上座に従へない人たちが出てくるのだらう。

十二月二十九日(日)
日本は大乗の崩れた国だ。その一方で中村元さんなどの尽力で、部派仏道の研究が進む。タイやミャンマーなど現代の上座が、釈尊滅後の根本分裂によって生じた上座ならば、実に嬉しいことだ。
しかし上座や大衆が更に20派などに分裂した歴史的事実と、現在の上座の三蔵が、各部派の三蔵と共通点が多いことから、20派のうちの一つが今の上座に繋がるのだらう。
しかし釈尊の時代から現代まで、連綿と続いたから貴重だ。パーリ語の経典は仏道研究者にとって一番貴重だし、儀式や三依の着方など伝統も重要だ。
現在の上座が、上座を自称することは、他に部派が残ってゐないのだから何ら問題ない。唯一残った部派として、尊重されるべきだ。

十二月三十日(月)
昨日、日本を大乗が崩れた国と称したが、これは次の三つの理由による。
(1)伝教大師は具足戒を採用しなかった。これは、信心があれば形式は必要ないと考へたためだが、実際は僧兵や三井寺との争ひなど、堕落が続出した。
(2)鎌倉時代に、新しい宗派が幾つも現れた。これは日本で末法思想が流行ったことが原因だし、比叡山で堕落がひどかったことも原因であらう。
(3)明治維新で、薩長政権は僧侶妻帯を推奨した。これは仏道を消滅させる目的だった。

十二月三十一日(火)
以上の流れを見た上で、日本に仏道を復活させるには上座をある程度日本に広めて、その影響によって大乗を明治維新以前に復活させる。
次に具足戒を受けるやうにする。これは天台大師の後継者たちの過ちを、後世の現代が是正するものだ。伝教大師が悪いのではない。後継者たちが大乗戒のみによる仏道を堕落させてしまった。
これなら浄土系と日蓮法華系も納得するだらう。浄土系と日蓮法華系は天台宗に戻ってもいいし、現在の宗派を続けても良い。
日本にある程度広まった上座は、仏道の最古参として今後も尊重されるが、説一切有部など部派の研究で得られた教義は、上座の今後の方向性を示す。つまり原始仏道に近づくには、どちら向きに改革を目指せばよいかを示せる。
この傾向は、上座の国々にも還元され、有益な情報となる。パーリ語と漢文の両方に素養のある、日本の仏道学者は世界で貴重な存在だ。中村元さんは、その先駆を果たしてくれた。
大乗が発生した理由として、これまで部派仏道は理論に走り過ぎたことと、国王などから支援されて堕落したと考へてきた。しかし苦行から瞑想、瞑想から礼拝と、世の中が変化したことに対応したためではないか。
上座には仏像や読経が加はり、大乗は昔のとほり具足戒と瞑想を続けた。ここに共通点がある。(終)

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