千三百八十九 秋篠宮様のご発言は正しい
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
十一月十六日(土)
秋篠宮様が昨年、大嘗宮の儀について
「宗教色が強いもので、国費で賄うことが適当かどうか」「身の丈に合った儀式にすれば、皇室の行事として本来の姿ではないか」

と述べられた。このことに、謹んで心から賛成したい。皇室の行事について、明治維新以降に仏法色を切り離した。大嘗宮の儀でも変更があったら、伝統とは異なる。
明治維新の大功績者である吉田松陰、高杉晋作、久坂玄随など一流の志士が亡くなったあと、三流四流の人間によって、神仏分離、廃仏毀釈が行はれた。
大嘗宮の儀が、どう変更されたのかを、まづ調査すべきだ。

十一月十七日(日)
明治維新以降は、神仏分離とは別に、国家を偉大に見せる施策が取られた。「大日本帝国」の命名はその一例だ。その流れで、大正天皇の即位は、今までより盛大になった。だから秋篠宮様が「身の丈に合った儀式にすれば、皇室の行事として本来の姿ではないか」と述べられたことは、正しいご意見である。

十一月十九日(火)
ニュースによると、天皇反対のデモが行はれたり、現場で警察官の指示に従はず逮捕者が出た。本当はお正月やお盆のやうに国民全体でお祝ひしたいが、さうならない理由を考へよう。
それは皇室行事への参加者が、強きを助け弱きをくじく仕組みになってゐる。これは勲章や文化勲章も同じだが、官僚の考へる人選は役職か受賞歴だ。組織の役職は必要があるから存在する。それなのに役職を名誉度の基準にしてしまった。
役職を名誉度の基準にすると、その能力や人徳がないのに役職に就かうとする人が出てくる。すると組織が正常に機能しないから、弱者にしわ寄せが来る。これが一番目の弊害だ。
皇居に呼ばれたときは、お祝ひを持参すべきだ。といって物品では宮内庁が管理や活用に困るから、現金を持参する。皇居に呼ばれる人は、世間から見れば成功者だ。そして費用は失業者や非正規雇用者も負担する。つまり強気を助け、弱きをくじく。これが二番目の弊害だ。
皇室行事参加者は、外国を除き、それ相応に負担するのが当然だ。安倍は、パレードでも車に乗り、窓を開けて目立つやうにした。安倍のパレード参加は公務ではない。目立ちたいだけだ。安倍は現上皇様御退位から今までの自分に関はる費用を負担すべきだ。概算だと数億円か。

十一月二十日(水)
昨日、官僚の考へる人選は役職か受賞歴だと書いたが、本日は受賞歴について考察しよう。ノーベル賞の受賞者は、慣例で文化勲章受章者になる。これはよくない。日本の行政が、スウェーデンやノルウェーの団体に従属するからだ。
文化勲章受章者は、自動で文化功労者にもなり、年に三百五十万円が終身貰へる。これなんか典型的な強気を助け、弱きをくじく制度だ。
もちろんノーベル賞受賞者のなかには、自分の人生を貧困撲滅に尽くしたなど、財産とは無縁の人もゐる。しかし一般には、ノーベル賞候補にはなる人は高収入だし、ノーベル賞の賞金をすべて公益に使用したのならともかく、私生活に流用する人も多いだらう。さういふ人に、失業者や非正規雇用者も払ふ税金から、年金を支給する必要があるか。

皇居で任命や認証を受ける人も、きちんと費用を負担すべきだ。負担したくない人も大臣などになる権利はあるから、その場合はパソコンで印刷した文書に宮内庁の印を押す。
かつて京都の住民は、天皇様を「天子さん」と親しみを込めてお呼びしたさうだ。財政がそれほど豊かではなく、権力はお持ちにならない。時には幕府と対立することもある。庶民の味方だった。
明治維新以降は、天皇陛下と云ふ呼び方が推奨され、しかし天皇への忠義第一を日頃公言してきた政府高官が「てんのうかいか」と読むなど、定着には時間が掛かった。
私が天皇様とお呼びするのは、明治政府の三流四流政治屋の作った「天皇陛下」は使ひたくないが、「天皇さん」だと親しみすぎるので「天皇様」を用ゐる。

十一月二十二日(金)
秋篠宮様の「身の丈に合った儀式にすれば」の御発言を、母はテレビで観た。そして帰宅した私に「前から思ってゐたが、秋篠宮様は頭のいい方だねえ」と言った。私はそのテレビを見なかったが「なるほど」と思った。あの御発言は、インターネットで調べると昨年十一月。それから1年で母は大分ぼけてしまった。
「身の丈」発言がどれだけ優れてゐるかは、最近になって文科相の萩生田が真似をして、外部の英語試験が延期になったことでも判る。(終)

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