千三百六十八 秋の特別企画第二弾 ミャンマー経典学習会
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
九月二十二日(日)
経典学習会は毎月行はれる。それにも関はらず、今回を秋の特別企画第二弾としたのは、自宅から和光寺院まで初めて自転車で往復したからだ。
昨日の天気予報で、本日は午後から雨だった。それにも関はらず、昨日自転車を購入したときは、或いは雨が降らないのではないか。そんな期待を持つほど、昨日は天気が良かった。
本日が雨のときは、代々木公園の中国展に行き、その足で午後はお寺に行かう。さういふ計画も立てた。しかし本日は朝からよく晴れた。そこで中国展は来年行くことにして、本日午後に自転車で和光に行った。
とは云ってもYahooの天気予報と、気象庁の天気予報では、午後は雨だ。雨雲の動きを見ても、午後五時には確実に雨が降る。そのため、午後四時過ぎの気象状況で、早くお寺を退出することもありとした。
外環道路の一般道は、歩道が自転車走行可だが、でこぼこだったり歩道と交差する車道に段差があって、走行し難い。車道は自転車走行禁止ではないから、試しに走ったところ、防音壁の内側の壁の手前に凸凹の付いた車線マークがあり、これも走行し難い。
そんなことを繰り返すうちに幸魂大橋へ至った。前に家から和光市駅まで歩き、幸魂大橋で帽子を風に飛ばされたことがあった。今回も日が強いので帽子を被ったが、無風なので大丈夫だった。橋を渡ってから左折し、道に迷った。小学校の場所を訊き、無事到着した。
先月と同じく、玄関入って右側の二部屋で学習会を行ふことになった。ところが暫くしてエアコンで部屋が寒いと云ふ意見が出て、それなら右側で行ふ必要は無いと、Iさんにトゥミンガラ比丘と相談に行ってもらった。
そして本堂で行ふことになった。今回は始まってから人数がだんだん増えて、十三人ほどになった。私は新たな心配が出た。天気予報の「雨雲の動き」では夕方五時には雨が降る。外が暗くなってきた。一旦玄関から外に出ると、かすかに霧雨だ。荷物を取りに戻って、そのまま途中退出させていただいた。

九月二十三日(月)
学習会はトゥミンガラ比丘によるダンマパダ(法句教)で、私のメモ書きによると
146偈は
ウザカ(婦人)と多くの女性が友人になりたがった。お酒まつりは夫だけ。終った後に妻たちがウザカに公園に連れて行ってもらひ、ウザカに判らないやうに皆で酒を飲んだ。
次の機会に、皆がウザカにお寺に行きたいと言った。ウザカは断っても再度頼むと承知することを皆は知ってゐた。 お寺でウザカに判らないやう皆で酒を飲み騒いだ。ブッダはそのことを知り、眉間から白光を出し、堂内が暗くなった。マーラを止めた。
ブッダは須弥山から光を出し、私の前にだらしない状態で来てはいけない、マーラがお前たちを捕まへに来る、と言った。そして偈を説いた。
この世は常に煩悩と云ふ炎が燃へてゐる。それなのになぜ高笑ひできるのか。そんなに喜べるのか。

147偈は
ブッダが竹林精舎にゐるとき説法した。シリマと云ふ高級で美しい娼婦がゐて1日1000ルピー。ブッダに帰依した。食事の寄進を毎日した。うわさを聞いただけの若い比丘もあるとき食事に招待され、しかしシリマは病気で装飾品を外し床に就いたが、それでも美しかった。
シリマは亡くなった。ブッダはテミサラ国王に、火葬せず宝石の上に安置するやう云った。カラスやハゲタカが食べないやう云った。遺体が膨張し、四日目に腐敗、うじ虫。一週間後に火葬にするためデミサラ王に人を集めさせ、ブッダも比丘を集めた。
1000ルピーで引き取るやう云ったが誰も引き取らなかった。500ルピー、10ルピー、無料と下げてもゐなかった。
ブッダは比丘と人々に、無料でもゐないと説法した。若い比丘もゐた。シリマをよく見なさい、人間の体は都市を取ると価値が下がり、死ぬと腐る。そして偈を説いた
よく見るのだ。いろいろな装飾を身に付け、人工的に化粧した体が300種の骨で構成され、永遠に生存する者など一つもない。

始まる前の懇談で、比丘の食事は中板橋で行ふとのことだった。東上線で一本だからそれほど不便ではない。しかし和光市のお寺が、お寺として機能するにはもう少し時間が掛かりさうだ。(終)

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