千三百五十三 諸橋轍次、中村元「対談 東洋の心」を読んで
己亥、西暦2019、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
八月二十日(火)
諸橋轍次さんと中村元さんの「対談 東洋の心」を読み、これは良質な書籍だ。昭和五十一年に出版され、日本が欧米かぶれになる前の時代だった。
中村元さんも、パーリ語経典と漢訳経典の研究で大活躍をされてゐる時期だった。中村さんについては中村元選集[決定版]第20巻で指摘したが、転落の原因として、中村さんの高齢のほかに、膨大な数の大乗系学者の著書の監修を頼まれてゐる。監修は多額ではないとしても謝礼を貰へ、それとは別に読むうちに大乗系学者の影響を受ける。日本の大乗系学者は寺の息子が多く、公平に学問をする人もゐるが、さうではない人もゐる。
今回の対談は、さうなる前に行はれた。もう一人の諸橋轍次さんは、日本の漢和辞典の権威だ。諸橋と云へば漢和辞典、漢和辞典と云へば諸橋。それくらい有名だ。これは楽しみな対談だ。

八月二十一日(水)
まづ中村さんは
仏教は「空」を説くわけでございますが、インドでもほかの学派のほうから空ということは、実践を破壊するものだという非難がありました。ところが仏教の哲学者に言わせますと(中略)むさぼりとか、怒りとか、嫉妬とかいろいろの悪徳を(中略)実体としてずっとあるものだったら、いくら修養しても断ずることができない。ところが、本体は空だ。
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この辺りは、年を取る前の中村さんの威力発揮だ。更に
空の考え方に基づいて「慈悲」が出てくるわけなのでございます。もしも、人と人が対立してる、この二人が絶対に別のものでしたら、(中略)愛情をいだくということはありえないというのでございます。(中略)目に見えないところでずっとつながっている。それが空の理論でございます。
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諸橋さんが
西洋の哲学史なんかを見ると、個人の学説が基になっていると思うんですね。プラトンの哲学とか、カントの哲学とか。(以下略)
中国は(中略)仏教で言えばお経というような、聖典にあたる経書ですね。(中略)学者のひとりの説ということよりは、経典、聖典というものが基になる。
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インドも事情は同じで、だからお経に後世の作があってもそれを問題視することはない。大乗はそれを挽回するために上座の悪口を云ふ必要もない。
今日の中国では、孔子批判なんてことをやっておりますけれども、あんなことをやったところで、中国人全体が絶対従うなんてことは考えられません。(中略)あと五、六十年はつづくかも知れませんが、三、四千年の歴史からみればほんの一っ時です。
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これは慧眼だ。五、六十年どころか、毛沢東が死んだらすぐ終った。
仏道が二十派に分かれたことについて中村さんは
西洋流のセクトとはどうも違うようでございます。学派みたいなものでございましょうかしら。そしてのちに、大乗仏教が起こりますけれども、(中略)後代になりますと、同じお寺の中に大乗の仲間と、小乗の仲間が一緒に住んでいたということもございました。それから大乗仏教は哲学面では、独自のものを説きましたけれども、戒律の面、実践の面では、小乗以来のものをそのまま受けついでいる人々がかなりおりました。
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日本以外では、大乗の僧も比丘戒を保つ。日本は伝教大師が比叡山に独自の戒壇を設けたため、比丘戒は無くなったが、これは形式を廃止しても大乗戒を保てば大丈夫と考へたためで、戒律自体は明治維新まで続いた。
中村さんの発言で気になるのは「かなり」の部分で、受け継がなかったのはどう云ふ人たちなのか。

八月二十二日(木)
輪廻について中村さんは
仏教の場合には、特殊な問題がございまして、無我説でございますね。(中略)学者の間でもたいへん議論されるのでございますが、後代の仏教徒が説きましたように、霊魂がないという意味に取りますと、(中略)どうして生まれ変わることができるかというところに問題が起こるわけなんでございます。近代の合理主義的な研究法を取った学者たちは(中略)輪廻転生説というものは、あとで仏教に入ったんだと、そういう具合に解釈いたしました。
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この対談は昭和五十年に為されたから仕方が無いが、輪廻は仏道の基本だ。中村さんは
わたしの見解でございますが、原始仏教は形而上学的な問題にかかずらうことを好みませんでした。(中略)当時の民衆が輪廻転生の思想を抱いておりましたから、一種の社会通念として認めていたと思われるのです。
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涅槃に達すれば輪廻は停止するし、涅槃に達するため無我を無霊魂と解釈する方法があると云ふのが私の意見で、或いは昭和五十年は学者の意見が大きく揺れた時期かも知れない。
中村さんは涅槃について龍樹の説を引用し
涅槃というものは、今自分が生きているこの生存以外にないというのですね。
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これとよく似た表現に如来蔵がある。どちらも偽善の臭ひがする。地球滅亡が目前に迫る今となっては、上座の不浄観、白骨観のほうがよい。
次にお伺いしたいと思いますのは、宗教とはどういうものかということです。いろいろ考えてみても、儒教からは信仰とか宗教は出てこない。
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儒教も宗教で、儀式部分が日本に入ってこなかっただけだと思ふのだが、諸橋さんがかう云ふのだからここはそれを信用し、中村さんは
西洋のルリジョンという言葉を登用に持ってきて(中略)仏典に出てきます「宗教」という字が(中略)ルリジョンに近いだろうと思って(以下略)
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ルリジョンに当たる語がもともと無かったのだから、無理して使ふ必要は無い。仏道は比丘にとっては真実だし、信徒にとっては文化だ。熱心な信徒は真実と捉へるだらう。少なくとも宗教ではない。

八月二十三日(金)
諸橋さんが
東洋の教えの根底は、どうも植物というものからだんだん考えをまとめてきたんじゃないかと思うんですね。(中略)西洋のほうでは、優劣勝敗とか弱肉強食とか、とかく動物の臭気が強い。
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中村さんも
中国、日本、それから朝鮮というようなところは、ベトナムとか南方もそうですが、草木が非常な勢いでおのずから茂るところでございますね。それで、自然と一体になるという気持ちが非常に強うございますね。
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東(南)アジアに共通点が多い。それなのに昭和六十年辺りから、アジアで日本だけ特別だとか、中国は異端だと云ふ意見が出て来た。米ソ冷戦が終結したのと、マッカーサの洗脳効果が表れ出した。
日本人というのは若いときには団地でもがまんするわけですね。けれども年取ってきますと、わずかでも庭がほしいと思います。これは西洋人と違うわけですね。
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ところが最近は、庭をつぶして駐車場にする家が多い。理由は自家用車を持つやうになったのと、雑草を抜く手間を省くためだと思ったが、マッカーサの洗脳でアメリカかぶれになったためかも知れない。
日華事変(当時名日支事変)について
ホテルのボーイなんかは(中略)今はこうなっておるけれども、もう四、五十年経てば元通りになるさと、ほんとに平気で言っておるんですね。(中略)元大臣をやった男と会った。そうすると、「今あなた方は中国を蹂躙するなんて言うけれども、それは広い野原に細い道を作っておられるだけで、あなた方がお帰りになれば、またもとの通りになる」と平気で言っておるんです。
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戦争の時代を生きた人たちの意見が一番正しい。

八月二十四日(土)
日本人の間では、ノイローゼとか精神病の患者が少ないそうです。138
今は個人主義が浸透し当てはまらなくなってしまった。それなのに更に社会を破壊しようとする人たちがゐる。次に、日本がインドから
取り入れなかった面を申し上げますと論理学はだめでしたね。仏教の論理学を「因明(いんみょう)」と申しますが、仏教論理学というのは、非常にインドで発達したのです。それがチベットにはずっと入ってきて、典籍が飜訳されまして盛んに研究されました。ところが中国人はどうもああいうことが好きではないじゃないんですかね。(中略)日本に来ましても(中略)あまりそういうことはしなかったようですね。
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中村さんの発言は続いて
ただ、いったい仏教論理学というものが、仏教の本質を構成してるかどうかというと、これは別ですね。むしろインド人が論理学が好きだったものですから、それが仏教の学者に取り入れられたというだけでして、仏教の本質とは一応切り離して考えるべきだと思います。
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アビダンマを重視しないほうがいい理由は、今まで二つあった。科学が未発展の時代の科学と仏道の境界と、現在での境界の相違がまづある。二番目に、いくらアビダンマを学習しても現代科学との相違が干渉する。
しかし中村さんの発言から、論理学への好感度がインドと中国日本で異なることもあることも判った。諸橋さんも
中国や日本は論理思考というものを余り好まなかったから、仏教の論理思想を取らずに慈悲心をたやすく取り入れたというのは、それはやっぱり日本人の民俗の性格もあるんですな。
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日本は情緒的で、中国は論理的と思はれてゐたが、諸橋さんが云ふのだから間違ひない。中村さんが
二昔ぐらい前に聞いた話でございますが、仏教の影響の強い地方では、近親間の殺人というのは少ないそうです。ところが、反対に廃仏毀釈をやった地方では、近親間の殺戮が多いそうですね。
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昭和五十年の二昔前だから、今から六昔前だ。(終)

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