千三百三十六 比丘になることと在家の瞑想、優先順位は
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
七月三十日(火)
ここ半年ほど、気になることがある。比丘になることと、在家の瞑想は、どちらが大切か。もちろん比丘になることだ。徳を積む量が桁違ひだ。比丘になる徳が大きな蔵に一杯だとすれば、在家が瞑想をする徳は小さな缶が一つだ。
だからと言って、在家の瞑想を軽んじてはいけない。缶だってこつこつと毎日積み重ねれば大きくなる。
比丘は、なること自体が大きな徳なのに、瞑想が目的で比丘になる人がゐる。これはよくない。比丘になるとは、瞑想をすることだけではない。托鉢、儀式、説法。三つとも信徒の役に立つから、徳は膨大な量になる。信徒が瞑想をしてもたかが知れたものだ。しかし比丘が托鉢、儀式、説法をして、信徒に徳を与へれば、比丘自身の徳は計り知れない。
最近、比丘になっても、半ばで還俗する人が多い。その原因は、比丘になることを目的とせず、瞑想が主目的、出家は付録だからだ。上座に伝はる伝統は、一つ一つに意味がある。それらをきちんと実施すると、瞑想が成功すると思ふ。

七月三十一日(水)
大学院の学生が、調査の目的で比丘になることがある。私は昔から、さういふ人たちに対して嫌な感情を持った。比丘になったら、原則として一生続けるべきだ。やむを得ず途中で、還俗する。これは問題ない。
一方で、調査の目的で出家することは、還俗後に博士論文を書くことを目的としてゐる。つまり還俗と博士論文と云ふ二つの目的のため出家した。許し難いことだ。

八月一日(木)
近代科学の発達により、上座に伝はる儀式や習慣のうち、迷信と思はれるものは除外されてきた。一方で、科学が発達する前の、科学と宗教が未分化だった時代に作られた論蔵とその後の著作は、今でも続いてゐる。それは科学的な記述があるため、迷信とは逆と思はれるためだ。
しかし科学の発達した現代に、すべてが使用できる訳ではない。初期の仏道は簡単な教義だったことが中村元さんの研究などで明らかになった。複雑な内容を学ぶ必要を感じない人も多いはずだ。
宗教が未分化の時代に、学僧がどのやうに考へ、どのやうに苦労したか、その経過を調べることは意義がある。

八月二日(金)
スマナサーラ長老のお寺に同居する信徒団体が、一週間出家する催しを何回かやってゐる。一回十名以内で、これまでに三回行なはれた。条件に「一時出家の修行期間終了時に、必ず還俗して袈裟等を返却してください。」とあり、これはよくない。
スマナサーラ長老を批判することは避け、あくまでも信徒団体を批判したのだが、出家は涅槃を目的とするとともに、托鉢、儀式、説法によって在家にも徳を積ませる。それなのにこの企画だと、一週間後に還俗することが主目的だ。スマナサーラ長老の発案ではなく、信徒団体が長老に無理強いし、しかし信徒団体だから間違ひもあると云ふことで、穏便に扱ひたい。
とは云へ、博士課程の学生などが調査を目的に出家するよりは、この団体のほうがよい。信心があるからだ。だから返す返すも、調査目的の出家者は嫌ひだ。

八月三日(土)
比丘になること(正しく云へば比丘になり涅槃を目指すこと)を主目的としない弊害がもう一つある。還俗したあと、あらうことか上座の仏道を批判する人が出る。瞑想が主目的だからだ。
還俗したあと経歴を穢さないためには在家として比丘を支へることだ。それなのに還俗したあと、勝手な瞑想法を振り回したり、あらうことか上座を批判する人たちが出て来る。井上ウィマラと山下良道は前者、マハーカルナは後者だ。
上座の三宝に従ふことは、必要条件だ。その上で、効果的な瞑想法を提唱するのなら、これは悪いことではない。ところが上座から離れたら、もはやどんな瞑想法をやっても無益だ。
判り易い例を挙げると、芸術に優れて文化勲章を受章した人がゐるとする。後に盗作だと判り、受賞を取り消されたとする。それなのに「一旦は私が受賞しました。あのときは皇居に呼ばれ・・・」と自慢したら滑稽だ。上座から離れた人は、これと同じことをやってゐる。
日本の大乗は明治維新以降、戒律が無くなった。だから上座から逃げ込むには都合がよい。山下良道が曹洞宗僧侶だと言って見ても、上座から見れば比丘でも在家でもない。そんな男が上座の瞑想法を指導してはいけない。伝統(托鉢、儀式、説法)に従はない瞑想は必ず失敗すると、断言できる。
鈴木一生さんの場合は微妙だ。スマナサーラ長老のお寺に同居する信徒団体の会長から天台宗僧侶になったものの、上座から離れたとは云へない。晩年はパオ瞑想に熱中した。
ヤンゴン郊外のモービにあるクムダサヤドーのお寺は、昔鉄道の引き込み線があり、少数の日本軍が駐屯し、戦闘もあった。そのため、鈴木さんは日本兵の声が聴こえると云ったさうだが、これだと上座を信じたとは云へない。
或いはマハーカルナさんが帰国したとき強引にパオ僧院日本支部に仕立てたのは鈴木一生さんだと云ふ話があり、マハーカルナさんを「この人は本当に悟ってゐる」と語ったと云ふ話もあり、もしさうなら鈴木さんはマハーカルナさんより更に悟っているからそれが判ったことになってしまふ。
私が伝統に従ふべきだと主張する理由は、ここにある。(終)

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