千百六十三 1.大雨で中止の中華人民共和国出身比丘による瞑想指導会、2.中国共産党へのお願ひ
平成三十戊戌
七月七日(土)
中華人民共和国の比丘が来日した。湖南省出身で、マレーシアのパオ瞑想寺院で具足戒を受け出家。現在、ミャンマーのパオ瞑想寺院ピンウールウィン(旧地名メイミョー)支院で、パオセヤドーのインタビュー助手及び中国語通訳を務められる。ご本人及び関係者のご厚意で東京にも立ち寄られることになった。
瞑想指導会は本日9時15分開始のはずだった。ところが大雨で新幹線と飛行機が運休し、今朝まで広島に滞在された。運行状況を調べると本日午後3時まで運休。指導会は自主瞑想会に変更された。
最初の予定では、9時15分から45分まで五戒、読経、初心者指導(アナパナ、サティ)。11時まで瞑想。12時半まで昼休み。14時半まで瞑想と、その間にインタビュー。15時まで休憩。法話、質疑で16時半終了。
私は長時間瞑想すると肩と首の凝りが酷いので、法話から参加する予定だった。せめて比丘の略歴を紹介したことで、熱心な比丘へのご報恩としたい。

七月八日(日)
早いもので、私が大連、瀋陽を旅行して六年、上海を旅行して五年が経過した。どちらも市中に仏教や道教の寺院、キリスト教の教会があり、安心した。
中国では、文化大革命の混乱で寺院が破壊されたが、鄧小平の開放路線で宗教が復活した。これは喜ばしいことだ。文化大革命の過ちは、弁証法的唯物論を単純唯物論に退化させたことだ。単純唯物論である資本主義が当時の文化を破壊して、労働者は悲惨な生活を強いられた。マルクスの弁証法的唯物論は、単純唯物論への対策だった。
宗教は文化の一部である。そして現在の文化は、弁証法的唯物論からも、単純唯物論からも、創成することはできない。なぜなら文化は、長い歴史とともに創られたものであり、そこには衰退した文化(例へば竪穴での生活)や、同化した文化(イタリアやフランスで同化したゲルマン族)、滅ぼされた文化(アメリカ大陸の先住民)がある。
新たに文化を創造しようとして失敗したのが中国の文化大革命と、カンボジアのポルポトだった。それは当然のことで、従来の規範を破壊すれば、人類がこれまで経験した衰退、滅亡、同化の混乱を繰り返さないと新製はできないからだ。
ソ連が成立の後に、孫文やホーチミンなどソ連を頼った人は多い。スターリンの粛清が明らかになる前だし、フルシチョフによる反スターリンが失敗する前だから、ソ連を頼ることは間違ひではない。
孫文やホーチミンは民族解放を掲げたのであって、マルクスの母国語のドイツ語、或いはソ連のロシア語を共通語にしろと主張することはなかった。言語は文化の重要な構成要素である。社会規範も重要な構成要素である。宗教も重要な構成要素である。
このうち宗教について、昔は少数の宗派が共存し、そのうちのどれかを自己の意志、或いは社会規範によって選択した。現在では世界交流が進み、多くの宗教が存在することが明らかになった。人によっては世界の宗教間の優劣を求める。しかしこれは対立の原因だから、別の方法として宗教の融合を考へるべきだ。
これまでその地域に続いた宗教を基本に、別の地域で続いた宗教のうち優れたものを考慮する。これが一番良い。中国に昔からある大乗仏教を縁に発心し、仏教の本家とも云ふべき上座部仏教で出家された比丘は、理想の宗教と云へる。
オウム真理教みたいに危険なものは例外として、仏教、道教以外にもキリスト教、イスラム教など世界に長く続いた宗教に危険なものがあるはずがない。人心を安定させる重要な文化要素として、中国政府の今後も信教の自由を保障することを強くお願ひしたい。(終)

追記七月九日(月)
中国の比丘は、今回の瞑想指導会責任者と金曜夜は新幹線の車中で一泊し、土曜夜に夜行バスで東京に来られた。瞑想指導会責任者は先月、ミャンマー寺院の経典学習会に来られ、私もお会ひした。経典学習会の責任者Iさんと、読誦するお経は何にするかなどを打ち合はせておられた。
比丘は日曜朝東京のミャンマー寺院に立ち寄られたあと、羽田空港に向かはれた。経典学習会は午後なので、私たちは比丘に会へなかった。

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