千百六十(その二) 沼津高専野沢正信さんのページを紹介
平成三十戊戌
七月七日(土)
沼津高専野沢正信さん(沼津高専 教養科 哲学)のページは優れた内容なので紹介したい。「インド思想史略説」と題するもので、第1章「ブッダ以前のインドの思想」、第2章「原始仏教」、第3章「インド仏教の発展」、第4章「 ヒンドゥー教」。このうち第2章と第3章は、私が考へてきたことと、ほとんど一致する。まづ第2章では
「呪術、夢占い、人相占い、星占い、鳥占い、懐妊術を行うな。わたしの教えにしたがうものは治療術にかかわるな。」(Sn.927.)
しかし、『スッタニパータ』第 5章でも、最古層とはみなされない「序」976ー1031には、ブッダの神秘化・神格化の進んだ説が現れ、信仰が肯定的に説かれる。
「根源的な無知が頭であると知れ。明知が信仰と思念と精神統一と意欲と努力に結びついて、頭を引き裂く。」(Sn.1026.)
当初のブッダの教えは、宗教的というよりも合理的で倫理的であったが、ブッダの教えに信頼を寄せ、帰依する人々の集団が形成されるにともなって、急速に宗教性が強まったものと考えられる。

これは同感だ。同感だが宗教性を完全否定してしまふと、多くの人がこぼれ落ちてしまふ。信徒は僧団や仏像を護持することで功徳があるから、こぼれ落ちないだらう。しかし僧侶の多くが転げ落ちてしまふ。
「縁起説」は、(中略)後に整備され、因果系列の項目が十二にまとめられる(十二縁起)。十二縁起説では「根源的な無知」が苦しみの根本的な原因とされ、「悟り」と対置される。しかし、最古層の経典では、(中略)もっとも多くとりあげられるのは欲望である。

これは100%賛成だ。十二縁起の個々の順番と中身が重要なのではなく、縁起が起こることが大切だ。
ブッダは欲望を制するものとして智慧を重視する。この立場は、当時勢いのあった苦行主義と対照的に異なる。後者は、欲望と欲望にもとづいて行われた行為の結果(業)を心についた物質的な垢とみなし、肉体的苦痛を耐えることから生ずる熱力によって、それを払い落とそうとする。これに対し、ブッダは欲望を心の働きとみなし、苦行ではなく、真理を悟る智慧によって、欲望は制することができると説く。
「この世におけるあらゆる(欲望の)流れをせき止めるものは、思念である。(思念が)流れを防ぎまもる。智慧によって流れはたたれるであろう。」(Sn.1035. cf. Dhammapada 339,340.)

これも100%賛成だ。

七月七日(土)その二
「7.実践・努力--自力主義」は、私と野沢さんで意見が異なる部分だ。
「内的にも、外的にも、いかなることがらをも知りぬけ。しかしそれによって慢心を起こしてはならない。それが安らぎであるとは真理に達した人々は説かないからである。」(Sn.917.)
智慧は分別による知ではない。体験されるべきものである。教えにそった行いを通じて、安らぎという理想の体験に向かって努力することが求められる。
「その理法を知って、よく気をつけて行い、世間の執着を乗り越えよ」(Sn.1053.)
「熱心に努力せよ。思慮深く、思念をこらして、わたしのことばを聞き、自分の安らぎを目指して訓練せよ。」(Sn.1062.)
ブッダの基本姿勢は自力主義である。
「他人が解脱させてくれるのではない。」(Sn.773.)
世俗の生活を離れ、みずから安らぎを求めて努力することが理想とされる。
「この世のものはかならずなくなるものであると見て、在家にとどまっていてはならない。」(Sn.805.)

読み返すと、ほとんどは同意見だ。異なるのは「ブッダの基本姿勢は自力主義である」の部分だけだ。「(前略)在家にとどまっていてはならない。」は同感で、しかし私自身は年金生活に入れば判らないが、今は出家しようとは思はない。出家か在家かは人生に於ける最大の分類であって、瞑想のために一時出家となると、出家より瞑想が大切なことになってしまふから、伝統から外れる。成人前の一時出家と同じく、功徳を積むための一時出家なら何等問題はない。

七月七日(土)その三
論争では、安らぎを得るための智慧の追求が、論敵に勝つための理論の追求に変わる。しかも、日常経験の範囲を越えた形而上学的な問題が扱われる。それらは経験によって確かめられない。肯定・否定の両論がならびたち、決着はつかない。
「世の中に多くのさまざまな永遠の真理があるわけではない。ただ想像して立てられているだけである。独断的な見解にもとづいて推論を立て、これが真理だ、間違いだと両極端の教えを説いているのである。」(Sn.886.)

私は、論争の禁止を見逃してゐた。これは野沢さんの卓見だ。野沢さんは最後に
あらゆる立場への無執着が強調され、極端説だけでなく、中間にもとらわれないことが説かれる。
「知者は両極端を知りつくし、中間にもけがされない。そのような人をわたしは、偉大な人という。そのような人はこの世で、縫いつけるもの(妄執)を超越している。」(Sn.1042.)

論争はとかく中間で決着するが、中間もいけないことを挙げた野沢さんはやはり卓見だ。

七月七日(土)その四
この世の苦しみを脱して到達される安らぎは、「涅槃」といわれる。仏教の究極の目的である。涅槃は(中略)「消滅」を意味し、欲望を火にたとえて、涅槃は火の吹き消された状態として表現される(Sn.1074.)。また、欲望が激流にたとえられ、涅槃はそれを越え渡ったところであるから、「彼岸」(pāram)ともいわれる。(中略)涅槃は、後には死と結びつけられるが、はじめは現世において得られるものとされていた。
「この世において、見たり聞いたり考えたり意識したりする形うるわしいものに対する欲望やむさぼりを除き去れば、不滅の安らぎの境地である。」 (Sn.1086.)

最初は現世で涅槃が得られると考へられたことは、貴重な情報だ。あと涅槃と彼岸が同じ意味だとするのも貴重な情報だ。

七月七日(土)その五
最古層の詩句には、業・輪廻の思想は明確には現れてこない。しかし、当時一般に広まっていたこの思想は、ごく早い時期に仏教の中にとりいれられた。『スッタニパータ』でも第 3章には濃厚に現れ、その第10経コーカーリヤには嘘の報いとして落ちる地獄のありさまが詳しく説かれる。このような思想は大衆教化に重要な役割を果たしたと思われる。

これも同感だ。そしてその結果
輪廻の観念を受けて、苦しみからの解放は、この苦しみの生存からの離脱、すなわち輪廻から脱することであると考えられるようになる。そして、悟りを表す表現は、次のように定型化された。
「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこのような生存を受けることはない」

私も似たことを考へてゐた。輪廻から脱するとすれば悟りを得られる人は輪廻から脱することを目指すべきで、この当時はさういふ人が多かった。今は地球破壊と引き換へのエネルギー大量消費だから、生きることは楽しい。このやうな時代にはそれに合った表現がある。
何に生まれ変わるかを決定する原因が何であるかについて(中略)支配的な考えは、前世における業によるという考えであった。

ところが
ブッダと同時代の自由思想家の中には、(中略)業の因果応報を積極的に否定したものもあった。(中略)これらに対し、仏教やジャイナ教は、このような人間の行為の効力を認めない説を行為否定論(akiriyavaada, akriyaavaada)と呼び、道徳を破壊する説として非難した。
仏教は、「世尊は業論者、行為論者、努力論者であった」(Anguttara Nikaaya I p.287)として、業思想を容認しつつ、行為・努力に生存のあり方を変える効力を認める立場をとった。

仏教の主張が一番よい。

七月七日(土)その六
無我説の始まりは、最古層の経典の執着するな、わがものという観念をすてよという教えにある。(中略)倫理主体としての真の我の確立は、むしろ積極的に求められていた。
「常に思念をたもち、自己に関する誤った見解を捨てて、世界を空なるものとして観よ。そうすれば、死を超越したものとなるであろう。このように世界を考察するものは、死神には見えない。」(Sn.1119.)
無我説はこのように、我(自己)ではないものを我(自己)であると思いこだわることをやめよ、という教えから始まる。当初の「諸法無我」は、無執着の立場から、「すべての事物は我(自己)ではない」と説かれたものである。したがって、無我(我がない)説というよりは非我(我ではない)説であった。

あり得る話だ。

七月七日(土)その七
実践の核となるのは、八正道であるが、(中略)それらは戒(かい)・定(じょう)・慧(え)の三学に分類される。
「戒」とは修行の前提となる正しい生活態度を身につけることである。
「定」とは仏教の修行の基本とされる禅定、すなわち精神統一である。
「慧」とは悟りにみちびく智慧である。
戒によって悪からはなれて善を行い、定によって雑念を払い、慧によって真理をみきわめることが目指される。

私は、瞑想のほとんどは定に入り、一部は慧に入るものの慧の多くは経典から得られるし毎日の儀式から得られると思ふ。サマタ瞑想が定で、ヴィパサーナ瞑想が慧とは思はない。尤もこれは在家として思ふだけで、仮に出家すれば師匠に従ふが。
私の考へと野沢さんの考へは同じだと思ふが、或いは野沢さんは儀式を入れないかも知れない。
また、在家信者に対しては、施・戒・生天の教えが示され、修行の代わりに施しをし、戒を守れば、天界に生まれると説かれた。

これは対機説法であって、在家は天界を目指す人が多いからだと思ふ。阿羅漢を目指す在家には、来世は阿羅漢を目指す僧侶になると説法されると思ふ。それより私が今、関心を持つことは、在家はどの程度瞑想をすべきなのか。これは最近のミャンマー、タイなどの瞑想ブームが伝統とどの程度合ふのかを知りたいためだ。

七月七日(土)その八
原始仏典には、具体的なさまざまな実践徳目が説かれるが、その中で特に強調されるもののひとつが慈悲の心である。たとえば初期の経典『スッタニパータ』149ー151には、慈しみの心をすべての生き物に対して限りなく広げることが説かれる。
「あたかも母がわが子のためなら、命を捨ててもひとり子をまもるように
すべての生き物に対しても無量の(慈しみの)心を起こせ。(以下略)」(Sn. 149-151.)
後には、この慈しみの心に、あわれみの心、喜びの心、平静な心が加えられ、慈・悲・喜・捨の四無量心とされた。 そして(中略)「崇高な」(brahma)がブラフマー (Brahmā) 、すなわち梵天に通ずることから、(中略)天界に生まれ変わることを望む在家信者に対して、これら四つの心を修めることが梵天の世界へいたる道であると説かれた。

最後の1行は初めて知った。野沢さんはインド哲学がご専門なので、すごく役に立った。

七月七日(土)その九
第3章に入り、まづ説一切有部の解説がある。
「説一切有部」とは、この世界を成り立たせている一切のダルマが過去・現在・未来の三世にわたって実在するとするところからついた学派名である。諸行無常と矛盾するようであるが、かれらはむしろ実在するダルマがなければ、諸行無常は成り立たないと考えた。

この辺りは無記とすべき内容だ。次は大乗仏教に入り
ブッダの神秘化、神格化は原始仏教のごく早い時期に始まったと考えられる。しかし、自力主義を主とする原始仏教では、救済者の観念は明瞭ではない。大乗仏教では、如来、菩薩が明確に大慈悲心をもつ救済者として現れてくる。

私は原始仏教が自力主義とは考へない。正しい修行をすれば神々の賞賛し助力する。神々の力は、即ち自力以外の援助だ。如来、菩薩の力と相違ない。(終)

全宗教(百六十五)全宗教(百六十六)

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