千百五十五 ミャンマー経典学習会(九種の墓場)
平成三十戊戌
六月二十日(水)
今月の経典学習会はオバサ・セヤドーが講師で大念住経の「九種の墓場」の部だった。大念住経には、墓場に行き、ちょうど捨てられ、死後一日、二日、三日経った死体を見るやうに、この身もこのやうなものと見ることが書かれてゐる。私のメモ書きによると
今まで五つ、ここで九つ、計十四の瞑想法
アスバ(asiva、パーリ語で死体)瞑想は、死体をすぐ瞑想するのではなく、しばらくしてから。
セヤドーが小さいころは、アスバ瞑想をする場所があって、人が死んだときアスバ瞑想をする人がゐるか訊いて、ゐるときはその場所に置く。昔は墓場だけではなくあちこちに置く場所があった。
すぐ行かない。動物や鬼が来て危険。
行くときに人の通る道は避ける。すれ違ふ人に気を取られる。男が女、女が男を見るのも避ける。瞑想を邪魔されない自信があるなら、どの道を通っても、どの死体を見ても構はない。
寺の責任者に言ってから行く。トラとかに会ったり、病気になったり吐いたりしないよう見守るため。泥棒が物を仕分けすることもあり、容疑者と間違へられないため。

ずいぶん恐ろしい瞑想法だ。この話を聞きながらふと、国会や記者会見で嘘をつく人たちはアスバ瞑想をさせて、性根を入れ替へる必要があると思った。

六月二十一日(木)
大念住経にはこのあと、鳥、鷹、禿鷹、蒼鷺(あおさぎ)、犬、虎、豹、狼などに食べられた死体を見るやうに、この身もこのやうなものと見ることが書かれてゐる。私のメモ書きによると、セヤドーからは
一人で行く。サティ(念)を持って行く(五感を守る)。死体の周辺(山があり、木があり)を覚へる。死体はどういふ状態、性別、どう云ふ風に繋がり、どこが高くどこが低いか見る。死体をすべて熟知する。そして帰る。

以上のお話があった。続いて、日本の映画を観た話をされた。
「送り人」の映画で、二番目にひどい死体を見て、吐いて風呂に入っても食事ができない。アスバ瞑想も、見ただけではなくよく覚へる。帰りに見たニミッタが逃げないやう、念を以ってサマディの状態にする。心が狂はないやうにすることも必要。
寺に着いたら座歩立寝でニミッタを保つ。

以上のお話があった。休憩ののち質問コーナーで、釈尊が40の瞑想法を教へてゐるとの質問に対して
欲望の強い人にアスバ瞑想が向く。

と云ふ回答があった。やはりあの人たちはアスバ瞑想が最適だ。この日、お寺への往路は、初めて駅から環七を歩いた。今までに一回だけ、斜めに歩いて環七に出て、その後は予め調べた道順で到達した。二回目からは別の道を通ってすべて間違へた。今回は地下鉄の一両目に乗り、降りたら前方にも出口があるので、ここから外に出た。車道は地下で歩道は地上の道を初めて環七まで歩いた。

六月二十二日(金)
終了後に一階でお茶を飲んだ。食事が余ったため、全員で夕食分に匹敵する食事を頂いた。黄色のミャンマー豆腐が珍しかった。今回は、ミャンマー風中華料理ださうだ。お米がインディカ種だった。
モービーの瞑想センターは、毎年日本に住職を招聘し、日本の寄進でたくさん建物が建てられ、本堂には富士山の絵が描かれてゐる。そのためか、食事を受け取る順番が、海外の比丘、日本のサーマネーラ、地元の比丘ださうだ。成人が出家したら比丘になると思ったが沙弥になる人もゐて、或いは戒律の数の違ひか。ご飯の上におかずをかけて量が多すぎるさうだ。
メイミョーの瞑想センターは、食事が比丘からで沙弥は残りが少ないさうだ。10月から日本人と韓国人はミャンマーのビザが免除になる話も出た。(完)

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