千百十五 築地本願寺のパンフレットを賞賛
平成三十戊戌
三月二十九日(木)
昨日、我が家の郵便ポストに築地本願寺のパンフレットが入ってゐた。隣の家にも入ってゐるから全体に入れたのだらう。一読して優れたものなので紹介したい。優れるのは築地本願寺の企画力である。
まづは「人生サポート」。パンフレットを引用すると
人生サポートは終活(人生の終りのための活動)といわれる関心事に向け「生きているうちに安心を」感じていただけるよう(中略)。なお、人生サポートのご利用には、築地本願寺倶楽部への入会が必要となります(入会金・年会費無料)。

これはよいことだ。人生サポートを支へるものに築地本願寺合同墓がある。
合同墓の費用は合同区画での預かりが三十万円以上で年間管理費不要。今は身寄りの無い人も多いので年間管理費不要はよいことだ。個別保管六年でその後、合同区画へ移動は五十万円以上。遺族が個別にお参りしたい場合の配慮も行き届いてゐる。
遺骨は専用の袋に入れるから混ざることはないさうだ。これはどうか。死後の体は物質に過ぎない。五十年経過したら袋から混ぜて構はないと一瞬思ったが、将来の科学の発展で個別に骨を分析することがあるかも知れない、地球が滅びなければの話だが。それほどの容積ではないから、個別の袋が一番よいことに気付いた。

三月三十日(金)
総評が解散して三十年を経過した。「昔陸軍、今総評」と云はれるほど影響力があったが、最後はあっけなかった。その総評が元気だったころに、大企業の労働者だけでは多数派になれないので中小企業労働者の組織化を狙って総評全国一般労組を結成した。しかし失敗に終った。その理由は、全国一般で育成し大きくなった組合を鉄鋼労連や合化労連など各単産に移管させるはずだったのに、全国一般で囲ひ込むやうになってしまった。
築地本願寺に当てはめると、末寺に役立つ本山が望ましい。築地本願寺に来た人は囲ひ込むのではなく末寺に紹介する制度が望ましい。一方で現状を見ると東京近郊の寺院は栄へ、人口の減る地域の寺院は苦しい。そのことを考へると地方寺院の僧侶が交代で築地本願寺に勤務し、その分の賃金を末寺への交付金とする方法がまづある。しかし交通費、宿泊代が非効率だ。
更に考へると末寺を独立法人とするのは時代遅れだ。一般社会でも個人商店は廃れ、企業の支店が普通になった。全ての末寺を一つの宗教法人と為し、築地本願寺は東京総支社として機能させる。過疎地の寺院は東京に進出させ、東京を浄土真宗で囲ひ込む。それくらいの戦略が望ましい。

三月三十一日(土)
全国の法人を一つにまとめるには百年掛かる。それまで地球がもつか。それなら関東の寺院だけ一つにまとめる方法がある。北関東は過疎地が多いから、これで成功すれば全国に波及する。
しかし二つ問題点がある。まづ末寺には裕福なところと貧しいところがある。だから最初は統合時点での収入を暫くは保証するしかない。二番目に、統合時点での収入を保証した場合に、裕福なところは次の段階への収入の統合を拒否するやうになるし、統合した時点で生産性が下がる虞がある。これは中国の人民公社にその例がある。
対策としては、寺院の世襲を止めることだが、真宗系はこれができない。他の宗派はどうか。戦前辺りまでは世襲ではなく宗務庁や本山が人事異動させてゐた。例へば石橋湛山のお父さんは各地の寺院を転任した。
まづすべての他宗が人事異動を復活させ、裕福寺院の既得権を廃止した上で末寺を統合する。他宗派の成功を見れば、真宗系もやらざるを得なくなる。他宗派は真宗系の改革のために存在するのではないと云はれさうだが。築地本願寺のパンフレットが優れてゐるので、他宗派を踏み台に浄土真宗の発展を考へてしまった。(完)

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