千五十四 続、新宿三井ビルのコンサート
平成二十九丁酉年
十一月二十三日(木)
今週の火曜は昼休みに、新宿三井ビルのコンサートを聴きに行った。これで二回目だ。今週はテノール・バリトンだった。前半の三曲目の魔王(シューベルト作曲)、恋のそよ風(モーツァルト作曲)、闘牛士の歌(ビゼー作曲、オペラ「カルメン」より)を聴いた。闘牛士の歌では途中のよく知られた旋律のところで、手拍子が起きた。一回目は小さかったが、二回目はある程度大きくなった。
私自身は、演者が手拍子をして観客席のほうを向くときを除き手拍子はしない。しかし手拍子をした人たちの気持ちはよく判る。よく知られた旋律を聴くとこころがうきうきとする。演者が演奏したい曲と、観客が聴きたい曲には、多少の相違がある。観客はよく知られた旋律を聴きたいのだ。

後半は聴かなかったが5曲演奏し、このうちフニクリフニクラが有名だ。有名な旋律はたくさん入れずに一つに留める方法があるやうだ。先週のソプラノ2名は後半で「小さな秋みつけた」「村祭」「紅葉」「秋の月」「見上げてこらん夜の星を」と7曲のうち5曲が有名で、この選曲も捨て難い。

十一月二十九日(水)
昨日は11時50分から12時まで私用外出を取って新宿三井ビルに行った。最初から聴くためだ。しかしエレベータがなかなか来ないし、来た後も途中階でやたらと止まる。12時前に昼休みが始まる会社があるらしい。そのため半分以上走った。会場に着いたとき、まだ5分の余裕があった。驚いたことに席は全部埋まってゐた。私は席が空いてゐても立って観るつもりだったからそのことは構はない。今回呆れたのは始まってかなり経過してから三名が席に座った。
まづ演奏の最中に入って来てはいけない。後方で聞いて曲の合間に前に来るべきだ。そんなことも気が付かない老人が荷物を置いた席に座る。席はほぼ全員が老人だ。前回までは音楽愛好者の老人たちだらう、熱心なことだと好意的に思ってきた。しかし今回のことで分かった。これらの人たちは単に暇つぶしで来ただけだ。

十一月三十日(木)
今回の番組(番組と云ふとテレビやラヂオを連想するが、本来はこのやうな場合に使ふ)は、赤とんぼ、荒城の月と最初の二曲が日本の歌。そのあとイタリアの歌曲で月、マッティナータ、オペラ「椿姫」から二曲。
日本の二曲と、「椿姫」から「乾杯の歌」は有名だ。しかし日本の二曲のとき、木管楽器の演奏では感動したのに声楽ではほとんど感動しない。その理由は西洋式の発声法が日本の歌曲に合はないためではないか。合唱だと個々の発声を打ち消す。
イタリアの歌曲になったとき、知らない曲なので瞬時の退屈を感じたがすぐ解消した。イタリアの歌曲を並べて、そのあと気分転換に日本の歌曲を一曲入れ、最後に椿姫のやうな大曲を入れる。これがよいのではと思った。

十二月一日(金)
出演はソプラノ、テノール、ピアノ。ピアノの女性は日本の音楽大学を卒業後、10年間渡欧し音楽院のコレペティ科を卒業後、音楽院でコレペティとして勤務ののち帰国した。コレペティの語は初めて聞くのでインターネットで調べて判った。
演奏は一曲づつソプラノとテノールが交互なので、終るときの拍手でピアノにも手を差し延べる。最後の曲は二重唱で手を差し延べられたピアノがソプラノとテノールに再び手を差し延べる。この謙譲の心は観ていて美しい。このやうな場面も楽しめることがテレビやCD、インターネットとの違ひだ。

十二月十六日(土)
今月は火曜昼休みのコンサートが無い。その代はりに昨夜「Xmasコンサート&第九を歌おう!発表会」があった。第一部「Xmasコンサート」は午後六時開演、第二部「第九を歌おう!発表会」は六時五十分に始まる。この日は職場の忘年会が歌舞伎町で午後七時から始まる。第二部の最初だけ聴かう。そのため忘年会の幹事には三十分遅れると伝へた。
椅子には紙が置いてある。見ると三井ビルの案内だった。隣席の人がプログラムを持つので話を訊くと後方にあるとのことだった。早速受け取りに行くと隣席の人も場所が判るかと後方を向いた。席に戻りお礼を述べた。この時点では観客席はよい雰囲気だった。
一曲目、二曲目とすてきなコーラスが響いた。しかし三曲目の「赤鼻のトナカイ」で少し白けた気分になった。赤鼻のトナカイの恰好、妖精の恰好で歌唱し、そのことは問題ない。途中の仕草、掛け声にふざけた感じを持った。音楽は内容で、出演は真剣に、が音楽の必要条件だ。声楽家の人たちは普段やらないことをやった(やらされた?)から照れくささもあってふざけた感じになった。しかしクリスマスコンサートだから大目に見るべきだ。私も、少し白けたのであって、たくさん白けたのではなかった。
ところが大きく白ける事象があちこちで発生した。席に荷物を置いた席が幾つもある。一曲目に少し遅れたと云ふのなら判る。三曲目なのに席は荷物を置いたままだ。そのうち、一人、また一人と遅れて席に座る。それも曲の途中でだ。中には前のほうの席で後を振り向きながらタクシーを止めるときみたいに手を振って、ここだと合図する人までゐる。音楽会の雰囲気はめちゃくちゃだ。音楽会は出演者と観客で作るものだ。

かうなると私も点数が辛くなる。七曲目の「アメイジンググレイス」は最初が伴奏なしの独唱で、これはすばらしかった。途中からピアノの伴奏が入ったが、これが独唱と調和しない。伴奏なしで一番を歌ったから音程が違ったのかと思ったがさうではなかった。ピアノの奏者は専門家だから演奏に問題があるはずはない。編曲が悪いのだらう。独唱の音階を抜いた和音だったためか。(12月17日追記、歌の音程にピアノが転調して合はせたため、片手の演奏しかできなかったのではないだらうか。)
第一部が終り、隣席の人に「用事がありますので」と挨拶して席を立った。第二部の最初だけ後方に立見で聴くつもりだった。ところが登場したオーケストラがばらばらに音出しをいつまでも続けた。10分程立ったが開演まであと15分あるので退席した。観客の前で無造作にいつまでも音出しするのは失礼だ。音出しをしないと金管楽器や木管楽器が温まらないから、音出しは必要だ。それなら別の部屋で行ふべきだ。
今回の催し物の問題点は、第一部と第二部を同時に行ったことだ。だから第二部に出演する人の家族が席だけ確保して第一部に遅れてくる。第二部を別の日に行へば、開演前だから舞台で音出しをしても失礼ではなかった。第九を歌ふと云ふ崇高な催しは、今後も続けてほしい。新宿三井ビルでの勤務が終ってからオーケストラや合唱の準備をするから時間が掛かる。それでもその時間に来てくれる人たちを観客として催せば、充実した内容になっただらう。
同じやうにXmasコンサートも、いつもと同じやうに火曜の昼に行へば、これも盛り上がったものになった。同時に開催して唯一良かったのは、私が忘年会に遅れずに行けたことだけだった。(完)

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