千二十八 中井周辺を散歩
平成二十九丁酉年
九月二十四日(日)
季候がよくなったので、昨日は久しぶりの休日散歩をした。最初、都営地下鉄一日乗車券を購入し都内を廻ろうと考へた。この乗車券は期間限定で今は秋の発売期間だ。ところが、前に退屈な経験をしたことを思ひ出した。何回もこの切符を使ふと、だんだん行く場所が無くなってくる。獅子吼会の本部に行ったり、本郷で降りて水道記念館横辺りまで行くのは単に時間を費やすだけになってしまふ。しかも五百円掛かる。
と云ふことで、定期券で行ける最遠の中野坂上で降りた。普段は車の走行が多いので歩かないが、日曜は少ないので東中野駅まで歩いた。更に暫く進み、地下鉄の落合駅、中井駅まで行ったところで道路際の地図を見ると哲学堂まで斜めに行ける。しかし九か月前に行った。陸橋の手前を左に入ると、そこには下町風景があった。

十月一日(日)
開館前の林芙美子記念館の前まで行った後に、祭礼中の中井御霊神社を参拝した。神主の奥さんだかお手伝いの女性だか、おそらく奥さんだと思ふ、こんにちわと挨拶をされたので私も挨拶した。感じのよい神社だ。そのあと三の湯付近の古い商店街、と云ふか商店街跡に近い街を歩いた。古い商店が並ぶので懐かしかったが、閉店した店が多いので古い商店が多い。期せずして昭和四十年代の瓶のコーラの陳列冷蔵庫に出会った。この冷蔵庫は数年前まで青梅街道沿ひの今は中野警察署が移転した反対側の中華料理屋の横に放置されてゐた。これが撤去されたあと、昨年昼休みに散歩のとき中野坂上と新中野の中間辺りで見つけた。しかし場所は覚へてゐない。今回三度目にして写真を撮ることができた(近日中アップの予定)。
落合下水処理場の上にできた公園と、その神田川への放流口に寄らうとも思ったが、そのまま帰った。この付近はかつて神田川の水を利用した染物屋が今でも多いさうで御霊神社の近くにも見られる。
この日は、淀橋カメラでヘッドホンを購入と云ふかポイントで交換したのち、帰宅した。落合下水処理場(今は水再生センターと改称)を調べるうちに、高田馬場分水路、中野水再生センター、新宿副都心水リサイクルセンター、新宿国際ビルと調べるべきことが次々と現れた。

十月一日(日)その二
私が高校生の時に、落合下水処理場の排水口を自転車で見に来たことがある。当時の新聞に、神田川に魚が現れたと云ふ記事が載ったからだ。当時の処理水はBODが20PPM以下。魚が棲めるのは5ppmだが、これは自然環境の話だ。下水処理水は溶存酸素が豊富だから20PPM以下でも魚が棲める。当時の神田川は魚が棲めなかったから、これはニュースになった。インターネットで調べると、今は高田馬場分水路から神田川へ、とある。妙正寺川との合流部が氾濫するため、バイパスを設けたらしい。中野水再生センターと云ふものもできた。落合水再生センターを補完するもので、妙正寺川に放流される。なるほど妙正寺川の水量が多くきれいなのはそれが原因だった。落合から遠隔操作してゐるさうだ。
新宿副都心水リサイクルセンターは、落合水再生センターの水を高度処理し、新宿国際ビルの地下にある新宿副都心水リサイクルセンターに送る。ここから西新宿、中野坂上の高層ビル街に送水しトイレ洗浄水に使ふさうだ。新宿国際ビルと云へば、都庁が西新宿に移転の前は東京都水道局が入ってゐた。そして一階に水道記念館の二つの展示室があった。上層階には資料室があって、私はよく玉川上水を調べに行った。あの懐かしい新宿国際ビルの地下にあるとは奇遇だ。(完)

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