千二十(その一) 東條英機の敗戦責任を曖昧に批評する防衛大学校元教授戸部良一さんを批判
平成二十九丁酉年
八月二十六日(土)
防衛省防衛研究所のホームページに、戸部良一さんの論文「戦争指導者としての東條英機 」が掲載されてゐる。これを読み、東條英機の敗戦責任を曖昧にするものだと懸念した。それでも戸部良一さんが過去からずっと民間人だったなら問題はない。しかし戸部さんは防衛大学校元教授だ。戸部さんの授業を聴いた幹部自衛官に悪影響があるといけないので、前にも一回言及したが、ここに戸部良一さんを批判することにした。
戸部さんは「戦争指導者としての東條英機 」で
東條は勉強家であり、努力の人であった。(中略)秘書官が夕方に書類箱一杯の報告や文書を届けると、翌朝までには全部に目を通し、必要なものには処置方針を記入して返したという。首相となる前の陸相時代には、陸軍省のいくつもの局長を同時に兼任できると言われたほど、各局のことをよく知っていた。いくつもの局長どころか、いくつもの課長すら兼任できるのではないかと思われるほどであった。
戸部さんを批判しなくてはいけないと思ったのは、この文章を読んだときだった。東條には敗戦責任と云ふ日本至上最悪の罪がある。先の敗戦は海軍にも責任があると云ふなら、東條英機は山本五十六とともに日本至上最悪の敗戦責任者だ。戸部さんはこののち
これまで指摘してきたとおり、軍事に関する東條の判断は、多くの場合、客観的で、少なくとも的外れではなかった。プロの軍人としての識見がよく反映されていた。だが、問題は、彼がそれを貫き通さなかったことである。疑問を提示し、示唆を投げかけても、戦略策定のイニシアティブをとらなかったことである。
「貫き通さなかった」のではなく貫き通す根本の戦略が欠如し、「戦略策定のイニシアティブをとらなかった」のではなくその方法を持たなかった。戸部さんの云ひ方だと、部下の意見をよく聴く理想的な上司だとなってしまふ。

八月二十七日(日)
「国家経営の本質」は三名の共著で三年前に出版された。戸部さんはまづ第2章を担当し、戦前は自由放任経済で市場に任せたものが戦後はケインズ主義に移行したことを述べたあと
やがて政府の介入は基幹産業の企業の国有化に進み、行き過ぎた福祉国家化をもたらすことになった。(中略)こうして先進諸国では、ケインズ主義的政策に代えて新自由主義的な経済政策がとられることになった。
戦後は戦勝国を含めて経済が豊かではなく(例へば米軍のジープは、今から見れば冷房なしのとんでもない乗り物だ)、ケインズ政策が必要だった。更に米ソ冷戦で共産主義に対する優位を示す必要があった。何より自由放任が行き過ぎれば介入するし、介入が過ぎれば自由放任にする。昭和五十年代に世界が新自由主義に向かったのはその流れだ。それなのに戸部さんは自由放任がよいの一点張りだ。この本の出版は三年前だから、新自由主義の欠点は十分にわかるはずだが。

八月二十九日(火)
戸部さんが編著、他に十四名が共著の「近代日本のリーダーシップ 岐路に立つ指導者たち」で、戸部さんは宇垣一成を担当した。
一九三七年一月、ついに宇垣に組閣の大命が降下した。しかし、よく知られているように、陸軍の横やりによって宇垣は組閣を断念せざるをえなくなる。
つまり陸軍は大命に背いた。この解析が抜けて、上記の一行で済ませた。陸軍がなぜ宇垣に反対したのかも阿部眞之助の想像など外部の意見を引用するだけで、防衛大学校元教授としては不完全だ。

九月八日(金)
平成十七(2005)年に出版された「戦略の本質」は、米ソ冷戦の終結から十年近く経過し、そればかりかイラク戦争でアメリカが大勝利したあとにも関はらず、第一章の総論のあと、第二章つまり各論の最初に毛沢東を取り上げ、最終の第七章でベトナム戦争を取り上げ、公平な良書だ。イラク戦争が平成十五(200)年に終結ののち、パクスアメリカーナなどアメリカ称賛が相次いだその時期に、時流に流されない書籍を出版したことは賞賛に値する。
この本は野中郁次郎、戸部良一など六名の共著で、大東亜戦争に於いてなぜ逆転できなかったかが底を流れる主題となってゐる。だから今回特集を組むきっかけとなった戸部さんの東條英機論評とは逆の立場だ。東條は逆転できなかったのだから。
毛沢東の長征について、最近では軍事的には失敗だったとする意見が有力だが、この本では
毛は「われわれがなにか確定的な計画を持っていたかといえば、なにもなかったというのが答えである」と言った。
と、最近の敗北論には与しない。これは公平でよいことだ。本来は全滅になるところを強靭な思想で突破した。これが神話となり後の国共内戦で勝利する一つの要因となる。一方で毛沢東神話が文化大革命と云ふ悲劇を生むがそれは政権を取ったあとの慢心が起こしたものだ。

九月九日(土)
「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」は前にも取り上げたので、あまり読まないうちに図書館の次の予約者が現れて貸出延長できなくなった。そのため返却日の通勤途中に読んだ内容に留まるが、米軍の優れた組織運営を今導入しても役立たない。それが第一印象だった。当時の米軍のやり方を取り入れても、七十年が経過した。西洋の真似をすると、それが国内に定着したときに西洋ははるか先に進んでしまふ。
シングルループに対しダブルループは組織の変更にまで踏み込む。ここまでは同感だが、ダブルループの変更に踏み込めない。なぜならダブルループを真似したからだ。(完)

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