74、櫻井よしこは日本文化破壊者である

平成十九年
六月十六日(土)(日本ユニシス)
日本ユニシスがBITS2007というイベントを開催した。加藤寛氏と櫻井よしこ氏が講演を行った。
櫻井氏の内容は期待に反して、日本文化を破壊しようというとんでもないものであった。しかし聴講の機会を与えてくれた日本ユニシスに敬意を表し、まず同社を紹介しよう。
日本ユニシスは1955年に日本初のコンピュータUNIVAC-120を販売した。昨年米国ユニシスと資本関係を絶ち米国ユニシス自身がハードウェアから撤退しているので、今後の進路が注目される。
イベントの進め方に外資系の形跡を残していたが今後どのように日本化するのかも注目される。横河の系列であったヒューレットパッカードが外資化した過程と逆である。同社の場合は10年前に関係者が「うちって外資系なのかなあ」といっていたがその後急速に外資化した。


六月十七日(日)(みにくいおのこ)
櫻井氏は明治維新前後に日本を訪れた西洋人の手記を紹介した。日本人の馬方が西洋人の荷物の紐を落とし、夕方仕事が終わった後に往復8里かけて探し、みにくいおのこではあるが立派だと誉められたという話である。西洋人がみにくいと述べたことについて櫻井氏は、日本人は正座するからO脚だったと述べた。櫻井氏の講演には多数の間違いがあった。
まず正座してもO脚にはならない。次に日本人は西洋人に誉めてもらおうと思って生活している訳ではない。櫻井氏のように西洋人に誉められることだけに関心がある日本人は多いが、この当時は皆無であろう。
3番目に櫻井氏は、中国やタイでは馬方がチップをもらおうといつまでもついて回るが日本人は仕事が終われば挨拶をしてすぐ帰るので偉いと述べていた。少なくとも明治維新以前は日本と他のアジア各国には差がなかった。チップは習慣の相違に過ぎない。アジアを蔑視し西洋の目を気にする櫻井氏は日本文化に留まらずアジア文化破壊者である。


六月十八日(月)(ヤオハン)
櫻井氏は或る中国共産党幹部の子に久しぶりに会ったという。その中国人はヤオハンの和田氏と仕事をしたことがあり、和田氏は中国で財産を失ったがその中国人は和田氏のことを批判するという。
ヤオハンが倒産したのは90年から94年にかけてワラント債、転換社債を多量に発行し、その後バブルがはじけ株価は急落し返済資金が枯渇したためである。バブルがはじけ日本企業の海外駐在員が激減し、ヤオハンの海外店舗が赤字になったという理由もあろう。国内で西友やダイエーと競争することを避けるため、海外に出店するのは和田氏の戦略でもあった。その西友やダイエーでさえその後は巨額な負債を抱え買収された。
つまり倒産の原因はバブルである。ところが櫻井氏は中国に財産を取られたと主張する。
和田氏のオフィシャルサイトを見ると、「中華人民共和国上海市栄誉市民」と書かれ、最近上海のテレビに出演したことも書かれている。ご本人が今でも中国との橋渡しを務めようとしているのに、正反対のことをいう。櫻井氏はとんでもない女である。


六月十九日(火)(自由と民主主義)
櫻井氏は講演の前半で、日本が気をつけなくてはいけない国は、一に中国、二にアメリカだという。ところが講演の後半では、同盟国アメリカ、自由と民主主義のアメリカ、とアメリカを絶賛している。
自由と民主主義の絶賛は欺瞞かつ俗論である。自由とは相対的である。自由と規制の平衡が重要である。民主主義とは手段の一つである。これを目的だと勘違いすると、選挙で政権を取ったヒトラーを絶賛しなくてはならなくなる。アメリカ大統領は世界の人口に比例した以上の影響力を持っているが、これは世界の民主主義に反する。民主主義を絶賛する人は、アメリカに対し人口に比例した発言力と二酸化炭素排出量にするよう主張すべきである。
自由と民主主義の絶賛は明治維新以前を切り捨てることにもなる。江戸時代は江戸時代なりに、精一杯その時代を生きてきた。西部邁氏が主張するように、国民とは過去に住んだ人たちも含まれる。過去の人々を切り捨ててはならない。
俗論は大衆に広まり正論は少数に留まる。大衆を弾圧せず軽蔑せず敵対せず正しく導く。これが為政者と言論人の使命である。自由と民主主義は尊い。しかし自由と民主主義の絶賛は欺瞞である。


六月二十一日(木)(親米から見た櫻井氏)
櫻井氏の講演はこのほか、温家宝氏が来日して微笑はしているが緊張していた、アメリカのマイク・ホンダ議員に韓国系団体が働きかけた、中国系団体が献金している、というのがあった。これらも取り上げて行くが、そうすると「あんたは親中だから櫻井氏が嫌いなだけだろう」と言う人もいよう。実は私は親米である。数ヶ月前に東京ビッグサイトの展示会でアメリカの或る州の共同ブースに出展し説明係を務めた。アメリカはこれまで数え切れないほど行ったが中国には今年3月初めて訪問した。
かつては親日家の外国人がいた。今は知日という言い方をする。その流れでいけば私は知米である。と同時にアジアの一員、非欧米地域の一員である。


六月二十三日(土)(属国派、平衡感覚欠乏派、地球破壊派)
すると従来親米を自称してきた人たちは何と呼んだらいいだろうか。アメリカに褒められることと真似をすることだけに関心がある。まずは属国派である。アメリカの突出は世界平和に有害である。平衡感覚欠乏派である。アメリカのせいで地球温暖化が進み多くの生物が滅びようとしている。地球破壊派である。


六月二十四日(日)(温家宝氏来日)
櫻井氏は中国の温家宝総理来日について、微笑はしているが緊張していたと述べた。ニセの笑いだという意味である。これではジャーナリスト失格である。話の内容で批判すべきである。櫻井氏のような主張は主だった報道媒体には皆無であった。
共産主義が嫌いな人は台湾と付き合えばよい。アジア全体では差し引き0である。しかしアメリカに中国を対抗させようとしてはならない。それによりアメリカ文化がアジアを侵略する。


六月二十七日(水)(アメリカ議会)
昨日アメリカの下院委員会が慰安婦決議を可決した。すべてはアメリカ議会が行ったことである。ところが櫻井氏によると韓国系の団体が推進し中国系の団体が政治献金を行ったことになってしまう。ホンダ議員は怒ったほうがいい。カネを貰って決議案を提出したと言われている。
戦争という異常心理状態ではどんなことでも起こりうる。ベトナム戦争のアメリカ軍がいい例である。だから戦争をなくすよう努力すべきである。平和が保たれていたアジアに、イギリスが清国にアヘン戦争を仕掛け、アメリカが日本を開国させた。その結果、列強が清国に進出し日本の中国侵略が始まった。日本と欧米旧列強が等しく反省し謝罪すればいいではないか。


六月三十日(土)(韓国と中国)
アメリカが反日的な決議をしたら韓国系と中国系の団体が「アジアへの蔑視だ」と反対してくれるような、そういう関係をアジアに作る必要がある。そのためにはアジア蔑視をまずやめよう。昨年の「皇室の伝統を守る一万人大会」で櫻井氏は中西輝政氏とともに「日本文明」「日本文明」とさかんに言っていた。「日本文明」という言葉には日本を他のアジアから切り離そうという意図がある。こういう人たちが保守派を自称するするところに日本の問題点がある。
日本は古来、高麗、清国、東南アジアと交流があった。この流れを守ってこそ保守派である。保守派は過去の人たちを切り捨ててはならない。


七月一日(日)(特定の人の言動をその国全体だと思わせる)
ある日本人が中国の会社と著作権の交渉をしていたら、日本は漢字の著作権料を払えと言われ、それに対し櫻井氏は明治以降に日本人が西洋の言葉を漢字に訳し中国語の語彙の7割は日本から入った、と反論すればいいと述べていた。
企業間の交渉ではこの程度の話は相手がアメリカ企業だろうとしょっちゅう出てくる。特定の中国人が言ったことを、それも企業間の交渉内容をあたかも中国人全体の性格であるかのように講演する。櫻井氏の態度はきわめて偏っている。
私だったら、漢字はあなたの会社が作った訳ではない、あなたは漢字を作った人の子孫に著作権料を払っているか、著作権には期限がある、著作権は法律で範囲が決められている、と即座に反論する。誰だってこの程度の反論はするだろう。
日本人どうしでも気の合う人と合わない人はいるし交渉の場では激論になることもあろう。特定の人をその国全体であるかのように述べることは避けなくてはならない。


七月三日(火)(文化の平衡点)
櫻井氏は、優しいという言葉が中国語にはないという。国語辞典で「優しい」を引くと、①優美だ②おだやかだ③なさけ深い、思いやりがある④たやすい(以下略)とある。
②および③を兼ね備えた中国語はなくても、単独で②③の中国語はあるはずである。これが文化の相違である。日本語に欠けているが中国語にあるものだってある。外国を見ると良い点がまず目に付く。真似をしたくなる。しかし悪い点もある。すべての国は長い歴史の中で文化の平衡点を見つけ、永続させてきた。例えば欧州はキリスト教、宗教戦争、2つの世界大戦、冷戦を経て平衡点を見つけた。
日本が明治維新以降、欧米の真似をした結果、戦前は小作農や労働者の悲惨な生活と第二次世界大戦、戦後は公害、交通戦争、バブル、過労死、バブル崩壊、ニート、非正規雇用、自殺者増加と一度として平衡点に達していない。
日本は長い間、神儒仏で平衡を保ってきた。中国文化、韓国文化の悪口は神儒仏の軽視に繋がり日本の先人たちを無視することに繋がる。


七月四日(水)(文化の継承)
櫻井氏は、中国にはカナがないから子供に本を読ませるときに難しい言葉は読み聞かせなければならない、と主張する。この発言により櫻井氏は文化破壊者であることが明らかとなった。中国語にはカナはないが1つの漢字に1つの発音が対応するという特長がある。日本語にはカナはあるが1つの漢字に幾通りの読み方がある。それぞれ言語には長所と短所がある。中国語にカナを作ろうとか、日本語の漢字の読みを統一しようということはやってはならない。漢字を廃止しローマ字にしようということもやってはならない。
先人が築いた文化は大切である。言語を人為的に変更することは文化の断絶である。


七月七日(土)(櫻井演説の一番の問題点)
櫻井氏の一番の問題点は、西洋人がみにくいおのこと呼んだ根底に人種差別があることを櫻井氏は見過ごし、演題は「変革を迫られる日本」だったのに中国の悪口に終始したことである。日本ユニシスのユーザや取扱会社にとり日本の変革点を聞き、それをどうコンピュータに応用するかを知りたくて参加した。私も同じ理由で休暇を取り参加したのにまったくの期待はずれであった。


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