百十三、塚本三郎氏と中野弁護士の講演(二人の労働運動者の講演)

十一月四日(水)「塚本三郎氏と中野弁護士」
最近、立て続けに二人の労働運動者の講演を聞いた。一人は元国労活動家で、国鉄を退職ののち社会党の国会議員となり、民社党の結成に参加し後に委員長になった塚本三郎氏、もう一人は元の総評弁護団、今の労働弁護団の中野弁護士である。

昨日は文化の日であった。前に紹介した日本国体学会が主催し塚本三郎氏を会長として「明治節奉祝の集ひ」が開かれた。そこで塚本氏が講演した。塚本氏は日蓮信仰者でもある。さぞいい話を聴けるであろう。楽しみにしていた。結果は完全な期待はずれであった。塚本氏の話は100%不同意である。通常は80%賛成だとか90%反対となる。100%徹頭徹尾反対ということは珍しい。

十一月五日(木)「塚本氏の問題点」
塚本氏の講演は次の三つがよくない。 太平洋側のアメリカには諂い、大陸側のロシア、朝鮮、中国には尊大な態度を取る。それでは戦前の日本そのものではないか。日米関係は昭和60年辺りから完全に従属関係になった。一つには自民党の長期政権で外務官僚が好き勝手にやってきたためである。政権交代があればこのようなことはなかった。外国では対等は当たり前のことである。今回初めて日本でも起きた。

十一月六日(金)「提婆達多」
拉致問題が未解決の北朝鮮はやむを得ないとしても、中国とロシアを提婆達多呼ばわりすることは正しくない。 提婆達多は釈尊の弟子で従兄弟でもあったが後に反逆して釈尊を殺そうとした。そのため生きたまま無間地獄に落ちた。

日蓮聖人は生前、天台大師を偲んで大師講を催した。天台大師の祖国を提婆達多呼ばわりするとはあまりの衝撃に三日後の今でも唖然としている。

法華経の提婆達多品には前世に釈尊が提婆達多のおかげで成仏したと書かれている。しかし仏教を教えてくれた朝鮮や中国を提婆達多に例えたという言い訳は絶対にできない。仏教とは無縁のロシアが入っているからである。塚本氏は、提婆達多のおかげで日本は成仏した、というようなことを言った。

十一月七日(土)「国学院大学教授大原康男氏の講演」
塚本氏の次に登壇した大原康男氏の話と合わせると、このからくりが理解できる。大原氏は、日清、日露の戦争に勝って日本は欧米から国として認められたのだという。朝鮮半島を巡って清国と争い、中国の満州地域を巡ってロシアと争った。日本は朝鮮、中国、ロシアを踏み台として欧米の仲間入りをしたのであった。
戦争を二回しなければ欧米から国として認めてもらえないのだという。欧米の世界観とは恐ろしいものである。日本はもっと欧米の思想に批判的になったほうがいい。

十一月八日(日)「北海道十勝の労組交流集会」
中野弁護士の講演は北海道十勝の中小労組の交流集会で行われた。社民党の福島瑞穂党首、民主党の石川知裕衆議院議員も挨拶をされた。
福島党首はこれまで例えばメーデーで宣伝カーの上から演説をしていても「絶滅寸前、特別天然記念物の社民党か」と参加者は冷ややかに横目で見るだけだった。今回は大臣ということで多くの参加者が写真を撮っていた。与党になるとはすごいことである。
石川衆議院議員は小沢一郎氏の秘書を経て今回の選挙で故中川昭一氏を破った。その功績は大きい。

十一月九日(月)「中野弁護士の講演」
中野弁護士の話は、グローバル経済とは資本が国境を越えることにより人間と自然を収奪、四人に一人は年収150万円以下など95%は同感である。しかし不同意の5%がある。
それは若い人に戦争願望と保守化が出てきたという発言である。まず若い人に戦争願望などない。若い人はそれほど愚かではない。なかには1%くらいはいるかも知れない。そのような少数の発言に惑わされてはいけない。今年元日前後の毎日新聞(
「97、新聞ファシスト」へ)で明らかなように、平成元年あたりから平和に名を借りた拝米派がでてきた。拝米は文化破壊であり弱者切捨てにつながる。

十一月十日(火)「保守とは何か」
保守とは、コンピュータやコピーマシンを修理点検するようなものである。ところが欧米の猿真似で用語を用いたために混乱している。
まず戦後は反社会主義の意味で用いた。社会党総評ブロックの解体の後は、既得権守旧派、拝米派、新自由主義者などがそれぞれ勝手に保守を名乗っている。強者は保護しなくても栄える。弱者を保護する長年の知恵こそ保守ではないのか。

十一月十一日(水)「明治維新を正しいと思ってはならない」
十一月三日の「明治節奉祝の集ひ」で、大原康男氏は明治維新により摂関政治や幕府から天皇中心の政治になった、明治維新は復古とともに改革でもあった、というようなことを話した。
しかし明治維新とは外圧によって起こされたものでありこれ以降日本は不安定となり今でも安定していない。そして西洋文明自体が地球温暖化を引き起こし、実は安定していなかった。

十一月十三日(金)「明治節」
「みどりの日」と「文化の日」はよくない。このような名称を残しておくと、そのうち「きいろの日」「アメリカ文化日本併合の日」などができるだろう。今年1月1日の毎日新聞に「1966年の日米安保改定から間もなく半世紀。軍事、経済、社会、文化まで、同盟は広範に深化してきた。」という一面記事が載るくらいだから。
「みどりの日」を「昭和の日」と変えたように、「文化の日」は「明治節」に変えたほうがいい。祝日とは神聖さが必要である。ドイツの祝日を見てみよう。神聖なものばかりである。
一方で「後醍醐の日」や「後白河節」はない。「昭和の日」と「明治節」は一定期間ののちに廃止するのが適切であろう。併せて一世一元は明治維新以前に戻したほうがいい。薩長政権の悪政を点検し断ち切る必要がある。


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