八百七十五 職場界隈の話題(昼食の購入場所、貴乃花部屋の移転)

平成二十八年丙申
九月三日(土) 初めての試み
昨日は初めての試みで、出勤時に一つ手前の中野坂上で降りて100円ローソンに寄った。会社の近くのスーパーのファンカードは二ヶ月ほど前に300点貯まった。300円の買い物券が貰へる。これだけ貯めるのに四年くらい掛かっただらうか。会社は来年早々に移転する予定なので次の300点を貯めることは不可能だ。といふことで最近は100円ローソンに行くことが多くなった。
会社近くの100円ローソンまで500mある。地下鉄の駅に15分前に着けばここに寄ってから出社しても十分間に合ふ。しかし台風一過の後は暑い。といふことで別の100円ローソンに今回初めて行ってみた。今回は歩く距離が少ないから時刻を気にしなかった。ところがタイムカードを押すと8時57分だった。
歩く距離が片道200m短縮される。なぜ3分しか余裕がなかったのか考へると、ホームに降りてから地上に出るまで時間が掛かることが判った。あと再び電車に乗るとき、待つ時間が無駄になることが判った。

九月四日(日) 貴乃花部屋移転
6月に貴乃花部屋が国技館の近くに移転するといふニュースがあった。六月十七日にはその前日最後の稽古があったと報道されたので、十七日の昼休みに貴乃花部屋の前まで行った。一階の窓が開いてゐるので中を覗くと段ボール箱が幾つか積まれてゐた。少ないからかなり運び出されたのかも知れない。一階は集会室で、食堂だったのかも知れない。すると二階が土俵、三階が若い衆の生活の場、四階が関取の個室か。
何十年も前になるが、藤島親方がここにあった時代に故藤島親方が最上階に住んでゐたといふ記事を読んだことがある。すると当時は親方が四階に住み、後に関取の個室に改造したのか。まさか近くに職場が移転するとはそのときはまったく思はなかったが、記事はしっかり覚えてゐた。それくらい相撲は国民の間で人気があった。貴乃花が横綱になり、若乃花が後から横綱になった一番は多くのファンが、貴ノ花がわざと負けたんだよ、と咎めるのではなく逆に兄弟愛を讃へたこともあった。あのころの日本はまだまともだった。
その後、貴乃花の婚約解消、兄弟の不仲、名跡を継いだ二子山親方の離婚と次々に醜聞があった。しかしそのことは過ぎたことだ。三か月近く貴乃花部屋の前まで行ったことを書かなかったのは、別の理由がある。それは相撲が醜くなってしまった。悪いのは朝青龍と白鵬だ。だから貴乃花部屋のことは書かないでこのまま終はらうと思ってゐたが、たまたま職場界隈の特集を組んだので、載せることになった。

九月六日(火) 四階部分の謎
別の日の昼休みに見に行くと、既に窓は閉まってゐた。過去にも窓の開いたのは十七日だけだった。貴乃花部屋は角地で、正面と横が道路に接する。二つの道路から見ると四階は屋上にプレハブを増設したやうに見える。本当にさうなのだらうか。更に別の日も見に行った。貴乃花部屋の裏は別のビルがあり道路に面する。そこから貴乃花部屋が僅かに見える。四階は一部が建物になってゐる。かつての藤島親方の自宅がプレハブの訳はないと思ったが、やはり建物だった。
私は消えて行くものは記録しておかうといふ性質がある。だから合計三回見に行ったが、貴乃花ファンではないし、相撲ファンでもない。二人の横綱のせいで、醜い格闘技になってしまった。

九月十一日(日) 西新宿駅で下車
中野坂上駅に近い100円ローソンは西新宿駅から行くこともできる。といふことで朝の出勤時に西新宿駅から一回行ってみた。途中の淀橋といふ交差点で奇妙に感じた。まづここに交差点があること自体が変だ。次に淀橋とは新宿駅西口一帯の広大な地名だ。からくりはすぐ判った。淀橋から百人町までは道路がもともと無かった。私の勤務する会社が西新宿七丁目にあったとき北側に歩くと建設中の道路があった。これが青梅街道まで貫通し淀橋といふ交差点ができた。
橋の解説があるが、今後見に来る機会はいくらでもある。来年会社が淀橋の手前に移転する。100円ローソンで昼食を購入の後、最初は西新宿駅に戻る予定だった。ところが途中の住友不動産新宿グランドタワーから先は出勤者で大変な混雑だ。そのため中野坂上まで歩き、地下鉄に再度乗った。(完)


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