八百十三 川崎鶴見臨港バス

平成二十八年丙申
二月十四日(日) 臨港バスの定期券
家から駅まで3Kmある。今までは、往路を歩いて帰路はバスに乗つた。3Kmを30分で歩くから時速6Kmになる。健康によい。しかし引つ越す予定のため、定期券を購入することにした。転居届を会社に提出したとき、バスカードを使つてゐると定期券の清算ができないためだ。
これまでも夏の間は定期券を購入したことがある。横浜市営バスの定期券だつた。臨港バスは本数が少ないのと、市営バスだと桜木町などに出掛けるときに便利なためだ。今回臨港バスの定期券を購入した。

二月十六日(火) 休日に他の路線に乗る
バス停で待つと、遅れて足の先と手が冷たくなることがある。駅について電車に乗つても冷たい。そのため待たされないで済むように乗車することにした。
市営バス特集は、定期券を購入したときに作つたが、今回臨港バス特集も作ることにした。どのような内容になるか。

二月十八日(木) 東急バスとの共同運航路線
川崎鶴見臨港バスの路線は横浜市営と比べて特色がない。さう思つてきた。しかし特色のある路線もあることが判つた。まづ日95系統だ。昨年四月に東急バスと共同で運行を始めた。インターネットで検索すると、日吉駅の東側は今まで東急バスの鎖国状態で、今回臨港バスが乗り入れてよかつたと歓迎するページを見つけた。今まで新川崎への路線がなかつたのは、東急の乗客が新川崎に流出するのを防ぐためだつたのではないかといふ卓見まである。この地区は横浜市なのに市外局番が044(川崎市)だつたさうだ。
さつそく休日の午後に乗つた。空いてゐる時間帯なので乗客は少なかつたが、発展が予想できる路線だ。新川崎交通広場で、中原までの一日二便だけの路線を見つけた。

二月二十一日(日) 浮島近辺
休日に東京の帰り、川崎駅東口に寄つた。浮島バスターミナル行きのバスに乗らうとしたが僅差でバスは出た後だつた。そのためこの日は塩浜営業所まで往復した。往路は台町経由、復路は臨港警察署前経由と、期せずして二路線に乗ることができた。往路のバスでは目の前を浮島バスターミナル行きのバスが走る。しかしこれに乗り換へることはできない。バスを降りても前のバスは既に発車してしまふ。
別の日に浮島バスターミナルまで乗つた。路線図だと手前の「県営埋立地」の停留所で浮島橋行きと殿町経由産業道路行きが分岐するので、ここで降りた。しかし浮島橋行への道路と、殿町への道路がない。といふことで一停留所歩きキングスカイフロント入口を右折して更に一停留所歩くと殿町といふ停留所があつた。三角形の二辺を歩いたことになる。そのまま見つからなかつたもう一辺を歩くと実験動物中央研究所と川崎生命科学環境研究センターの新築の建物があるほかはすべて建設中といふ砂漠のような雰囲気のなかを県営埋立地に戻つた。この短絡道路は反対側車線に合流し、中央には高速道目の脚注があるから、こちら側からは見へなかった。これで殿町は解決した。もう一つの浮島橋は未解決に終つ た。
更に本日、川崎駅東口から殿町まで乗つた。一停留所歩き十分ほどで浮島橋行きに乗つた。ところが二つ目の浮島橋西といふ停留所のアナウンスで、浮島橋はANAの構内だといふ。そのためここで降車した。中扉まで歩くときに、車内を見渡すとクロスシートで寄り掛かる部分が少し高く、高速バス路線と兼用のようだ。
道路の反対側のバス停まで歩くと、浮島橋西始発しか止まらないとある。浮島橋始発に乗れないのは困るから少し先のバス停に行くと、今度は浮島橋発のバスが載つてゐない。浮島橋西まで戻り、時刻表には載つてゐるからすべてがここ始発なのだらうと想像すると、そのとおりだつた。浮島橋行きはすべて急行か快速だ。インターネットで調べると一昨年七月に普通は殿町止まりになりしかも減便。快速を新設、急行を増設、浮島橋バス停をANA内に移動し、従来の浮島橋は浮島橋西に改称とある。高速バス兼用車と云ひ、ANAを優遇し過ぎではないのか。

二月二十七日(土) 中原駅前
元住吉から中原駅行きのバスが朝夕だけある。午後半休の日の帰りに、この路線に乗つた。川崎駅から元住吉まで乗り、ここで10分ほど待つと中原駅行きが来る。天気予報とは裏腹に小雨が降つてきた。家の洗濯物が気になるが、ここまで来て川崎駅に戻つても、中原まで一周した後で川崎駅に戻つても大差はない。中原駅前で降りて、列の最後に並び再び乗車した。全線定期券の強みだ。
乗客は往路も復路も数人で、朝夕にしか運転されないのも無理はない。朝はブレーメン通り経由になるので、土日の早朝に家を出てこれに乗らうと計画したが、今は道路工事ですべての便が木月4丁目経由になるらしい。
インターネットで知らべると、かつては川崎駅前までの路線だつたが元住吉に短縮され、一部が新川崎駅入口、鹿島田陸橋だつたが、昨年四月から元住吉がほとんどで、入出庫のみ新川崎交通広場になつた。

二月二十八日(日) 鶴見駅東口-江ヶ崎
臨港バスで唯一、鶴見駅東口からガードをくぐり、西口側に行く路線がある。インターネットで調べると平成十九(2007)年に横浜市営バス72系統を横浜市生活交通バス路線維持制度で移管したとある。朝7時20分から夕方6時28分まで1時間に1本で10時と午後2時は無い。1日10往復で、私が乗った土曜の午後3時の便は乗客4名ほどだつた。終点も3名ほど乗客があつた。
この日は川崎駅東口から八丁畷経由鶴見駅東口まで乗り、CIALで時間をつぶしたあと、江ヶ崎行きに乗つた。江ヶ崎からは元住吉行きで中之原住宅前まで乗り、末吉橋経由川崎駅行きに乗つた。

三月五日(土) 綱島駅前
鶴見発綱島行きのバスに乗つた。綱島では、鶴見行きは駅とは一区画離れた場所から発車する。横に電話ボックスのような定期券売り場がある。
別の日に川崎から綱島まで往復した。川崎行きは駅と建物が一体となつた縦列のバス乗り場にバックで停車し、そこから発車する。昭和三十年代によく見られた形式だ。共用する横浜市営バスがバックで入らず横づけのまま乗車させ発車した。川崎行きも同じ形式で発車した。

三月五日(土)その二 三井埠頭
川崎から三井埠頭行きに乗ると、川崎港郵便局の横を過ぎたところで高架橋を渡る。かつて下を貨物線がくぐり、扇状に広がり終端する貨物施設があつたが廃止された。自転車で何回か来たことがある。セメント会社だつた気がする。それを過ぎると頭上に鉄橋跡と自動車陸橋がある。鉄橋はかつて構内鉄道が走つたときのもので確か日本鋼管の工場どうしを連絡した。自動車陸橋は今も使はれてゐる。
その200mほど先で引き込み線の踏切を渡る。引き込み線は今は使はれてゐない。私が自転車で来たときは確かここで入れ替え作業をしてゐたように思ふ。その先の二又を右に折れ終点の三井埠頭に到着した。少し歩いて戻ると扇町の駅に至る。無人駅だがJR貨物の寂れた駅舎が立つ。一つ手前の停留所からバスに乗り、この日は川崎駅に戻つた。

三月六日(日) ワイルドブルー横浜
二十三年前に今の会社に転職したときは、鶴見駅東口からワイルドブルー横浜、東芝西タービン、横浜スカイウォークに行く三つの路線が印象に残つた。ワイルドブルー横浜はその半年前、横浜スカイウォークは三年前に開業したばかりだつたが、私にはどちらも昔からあるやうに思へた。
ところが七年後に横浜スカイウォークは閉館、その翌年にワイルドブルー横浜も閉園。鶴見は何の変哲もないつまらない町(一応横浜市に合併してゐるが)になつた。その後、ワイルドブルー横浜の跡地にマンションが完成し、ここまでの市営バスと臨港バスが復活した。市営は鶴見駅まで、臨港は鶴見駅と川崎駅までだ。といふことで今度は跡地マンション(正式名は覚へられない。これは当然で東鶴見住宅だとか名乗れば記憶できるが、変な英語名だとワイルドマンションだかブルーガーデンだかすぐ忘れる。本当はヨコハマアイランドガーデンだつた)までバスができた。
川崎から乗らうとしたら朝夕しかないので、別の路線に乗つて一停留所歩いた。そもそもここのマンションの正面が別の路線の停留所だから専用の路線を作る必要はない。わざわざマンションの横の引き込み線みたいな道路を走つて裏口に終点を作つた。民間マンションのためにそんなことをする必要があるのか。
終点からのバスは時間があるため付近を散歩した。裏はもう川崎市だつた。かつての工場街はマンションの中に工場が取り残される形状に変はつた。暫くして鶴見駅までの臨港バスに乗つた。ギアチェンジしないため一般道路に出たあと次の信号とその先の停留所までトロトロ走つた。その次の停留所まではギアチェンジせず速度を上げるためエンジンの回転数が異常に高くなり、アクセルを踏む足の変動で速度がガクンガクンとなり不自然な走行になつた。変な運転手がゐるものだと驚いた。
臨港バスは運転手の募集を車内放送で流すが、変な運転手を採用したのではないかと心配になつた。(後で考へると、マニュアル車なのにオートマと勘違ひして停留所二つ分を運転したみたいだ。その後は正常運転に戻つた)

三月十七日(木) ふれーゆ
東芝西タービン行きの路線はその後、一停留所伸びてふれーゆ行きになつた。インターネットで検索すると環境センター行きが短期間だがあつたらしい。私の記憶でも、云はれてみるとあつたやうな気がする。今の会社に転職し鶴見勤務になつたのが平成五(1993)年、横浜市環境センターの完成は平成七年、ふれーゆの開業は平成八年だから短期間だつた。
日曜に、ふれーゆまで往復した。かつて自転車で何回も来たことがある。貨物線が道路の右側を走つてゐた。地図で見るとこの線は鶴見小野でスヰッチバックして鶴見線に繋がる。私が見たときは鶴見小野周辺は既に撤去し、道路の右側だけが残つてゐた。道路を進むとふれーゆに至る。自転車のときは外から見るだけだつたが、今回は建物に入つた。一階は平日休みのレストラン、その奥に熱帯植物の温室。温室を一回りした。
外に出ると平成23年に閉鎖されたリサイクルプラザの建物が横たわる。リサイクルプラザは自転車で来たとき中に入つた。海の先の対岸から歌謡曲がわずかに聞こえる。船橋ヘルスセンターの海水大プールを思ひ出した。建物に戻り、二階は温水プールと浴場で入口の自動改札機まで、三階は大広間に上つた。昔はこのような畳敷きのくつろぐ場所がよくあつた。二十年間で行楽地も西洋化してしまつた。ここでも船橋ヘルスセンターを思ひ出した。
ふれーゆを出て、裏の海釣り場所に行つた。対岸、発電所の煙突、橋、倉庫がよく見えた。

三月十九日(土) ヨコハマアイランドガーデン発川崎駅行き急行、富士電機
8時38分発のヨコハマアイランドガーデン発川崎駅行き急行に乗つた。平日の朝8本あるうちの後から2本目なので、始発の乗客は数人、途中で2人ほど乗つただけだつた。
川崎到着の後は、時間があるので富士電機行きに乗り、終点の一つ手前で降りた。運転手がこのまま川崎駅に戻りますよといふからだ。目の前の大きな道路まで歩くと終点がある。だつたら終点まで乗つてもよかつた。大きな道路を渡り少し歩くと日清製粉に行くバス停があつた。引き返して次のバスで川崎に戻つた。間もなく新駅のできる小田踏切までは一方通行の為往路と復路が異なる。帰りに乗つたバスは富士電機循環ではないのになぜ復路を通るのだらうと不思議だつた。
川崎駅に戻つた後は大師行きに乗つた。本日は川崎大師に行くのが目的で、時間があるから別の路線に乗つてみただけだつた。途中、桜本といふバス停がある。同名の川崎市営バス停が離れた位置にあり、こちらはかつての川崎市電桜本駅(京急を買収したので停留所といふより駅だつた)で、自転車で十五年くらい前に来て写真に撮つたことがある。
帰りは大師から川崎駅まで往路と同じ路線に乗つた。このバスは大師前駅西側の小さなロータリーで折り返す。近くに浮島バスターミナルから来るバス停もある。

三月二十一日(月) 日興スクエア、富士電機循環
川崎から川29(入船橋循環)で京三製作所まで行つた。日興スクエアを見るためだ。日興スクエア行きは朝夕しかないので川29に乗つた。日興スクエアには、日興証券の寮が二つと、それらの中間にシステム子会社の大きなビルと、日興証券の研修所みたいな建物がある。二十三年前に鶴見に引っ越した時、マンションの隣の部屋に中小システム会社の新婚夫婦がゐた。鶴見区の日興証券システムセンターで勤務と聞いたが、インターネットで調べると引っ越した半年後くらいに落成してゐる。
インターネットで調べると日興スクエアといふ表現はバス停にしかない。日興証券もそのシステム子会社も使はない。奇妙な話だ。奇妙といへば京三製作所から往路の続きの路線(往路を戻るのではなく循環の反対側)に乗つて川崎に戻らうとすると、富士電機前から小田踏切に至るあの循環に入つた。私の感覚では川25は富士電機前行き、その後に引き続き小田踏切を経由して川崎駅に戻るのが川26(富士電機循環)だと思つてゐたから、循環に入る理由が判らなかつた。
もう一つ判らないことがある。京三製作所から循環の短い側を通る路線はどこから来るのだらう。入船橋、寛政、浅間前と一つづつ停留所の時刻表をインターネットで観たが、どこから浅間前に来るか判らない。突然浅間前で発生するはずがない。
次の日にインターネットで調べて判つた。川29は川26の逆回りで浅間前に到着すると川26富士電機循環線は川29に、川29入船橋循環線は川26に系統番号が変はる。なるほど川25富士電機前行きの運転手が終点の一つ前でここから戻ると云つたのは浅間前の方面には行かないといふことだつた。

三月二十一日(月)その二 快速(浮島橋線)で大師へ
川崎大師教学研究所で講演会があるので聴きに行つた。川崎大師からは少し離れて東門前駅の近くだ。運転手と意見交換し、大師の二つ先の小松製作所前で降りることにした。といふのは地図で調べても小松製作所がない。東門前駅に近いのは、一つ先の中瀬三丁目なのか、二つ先の小松製作所前なのか判らない。運転手の話で東門前は「ひがしもんまえ」ではなく「ひがしもんぜん」だと知つた。
別の日に川崎大師に行くことになつた。大師前駅及び大師のバス停から、川崎大師までは道路を南下したあと参道を少し北上する。南下から北上に転じる地点は、大師前駅と東門前駅の中間地点だ。といふことで今回は大師の一つ先の中瀬三丁目で降りてみた。踏切を渡るとやはり南下から北上に転じる地点のすぐ近くだつた。
今回、快速(浮島橋線)と大師行きの川23系統(大師線)を比べて、大師まで前者は11分、後者は24分と所要時間が大きく異なることに気付いた。しかも前者はハイウェイバス、後者は普通のバスだ。前者はANAの事業所までだが前者の優遇が目立つ。しかし後者は臨港バスの路線で最も歴史があり大正13(1924)年に大島自動車商会によって開設された川崎駅 - 大島四つ角が川崎大師まで延長されたさうだ。平成15(2003)年には国土交通省関東運輸局の「関東乗合バス100選」に選ばれた。また正月三が日には川崎大師への直通運転が行はれる。

三月二十三日(水) 三ッ池公園正門前
鶴07系統は県立三ッ池公園の正門前の狭い道路を走行する。平日14本、土曜休日は13本といふ少なさだ。しかしそれなりに乗客はあつた。終点の駒岡車庫まで乗つてみた。復路の出発まで時間があるので車庫の周りを歩くと、工場の多いことに驚いた。あと車庫の出口付近に観光バス型の車両が何台か停泊してゐる。川崎から浮島橋までの車両は観光バスと路線バスの中間の車両だが、ここの車両は完全な観光バス型だ。羽田空港までの路線に使ふらしい。

三月二十六日(土) 日興スクエアまで往復
平日の朝、川崎から日興スクエアまで往復した。川崎駅のバス停で待つてゐるとまづ8時発のヨコハマアイランドガーデン行き急行が来た。そこそこの乗客で、しかし乗らずに待つ人もゐる。日興スクエアなどに行く人はこのバスに乗り、しかし急行通過停留所か、ヨコハマアイランドガーデンから先に行く人は次を待つといふ構図のようだ。
このバスが発車したあと、8時2分発の入船橋循環が来た。理論的にはすべての人とがこのバスに乗る筈だが、私は日興スクエア行きに乗るのが目的だから乗らなかつた。先ほどのヨコハマアイランドガーデン行きより少し混んで発車した。その次に8時6分発の日興スクエア行き急行が来た。空席が一つ二つある一方で立つ人が数人ゐる。途中で数人、鶴見総合高校で高校生その他が十人ほど降りて日興スクエアに着いた。私を除く全員が日興のビルに入つた。
その辺を見たあと、折り返し急行川崎駅行きに乗つた。最初は数人、途中で十人ほど乗り、川崎駅に着いた。

四月二日(土) 二つの1日2往復路線
川29は入船橋循環だが、東芝京浜まで朝夕1本づつ運転される。夕方の便に乗つてみた。入船橋を左折せず直進し浅野駅前、鶴見造船所前、いすゞ鶴見工場前、東芝京浜と左に水路、右に工場の街を走る。自転車で終点まで何回も走つたことがある。バスは回送で工場内で折り返し、時間調整ののち出て来る。帰路の乗客は5名ほどで、1名は浅野駅で降りた。途中は誰も乗らなかつた。入船橋から先は乗客が多く、全体では黒字路線になつた。一般の路線でも始点から乗客が多いことは少ない。東芝京浜での折り返しの便宜を受ける代はりに定期便を運行するといふ、双方にとつて都合のよい解決なのだらう。
この日は川01系統といふ本来は川崎駅からのエース路線にも乗つた。旧東海道の砂子一丁目から国道409号線の競馬場前までの四つの停留所が独自区間だ。しかしこの区間での乗降はなかつた。五人ほどの乗客は途中で一人づつ降りて、殿町まで乗つたのは私だけだつた。帰りは殿町から一人終点まで乗つたが途中での乗降はなかつた。産業道路駅付近で並行するバスはかなり乗客がゐたから、こちらに回るようにすればよいのにと思つた。殿町といふ寂れた停留所が終点の理由はインターネットで調べて判つた。
かつていすゞ自動車川崎工場があつた。今でこそ高収益だが2000年代前半に経営危機があり、川崎工場を藤沢工場に集約し、東側をヨドバシカメラ、西側をUR都市機構に売却した。殿町のバス停は西側南部に食ひ込んだ長方形の頂点だつた。さういへばかつていすゞ自動車の裏側にせまい道路があり自転車で走つたことが一回だけある。多摩川に面して対岸に羽田空港が見えた。運河で行き止まりとなるが途中で釣りをする人が何人かゐた。いすゞ自動車の工場は塀ばかりで出入口はなかつた。(完)


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