七百六十一 五つの行事が重なつた日(1.「インド密教の瞑想」、2.「仏教のふるさとを散歩する ~中国編~」、3.現された「満洲国」講演会、4.「宮澤賢治忌法要」、5.私的セミナー)

平成二十七乙未
十月二十八日(水) 下高井戸
私はここ七年間或る学校でコンピュータを教へてきた。週三回午前中の授業である。学校から支給される給料は会社に納め、授業の時間も会社に勤務したことで給料を計算した。しかしコンプライアンス上、問題があるといふことで残念だが今年度限りで終了になる。学校は下高井戸に近い。といふことで授業終了後に午後半休を取り日本大学文理学部資料館の『現された「満洲国」』展を観に行つた。
文理学部といふのはあまり聞かない名称である。しかし昔はよく聞いたような気がする。といふことでインターネットで調べると、 昭和40年代以降、埼玉大学は文理学部から教養学部と経済学部と理工学部が発足し、佐賀大学は文理学部から農学部、経済学部、理工学部が発足し、弘前大学は文理学部から農学部、人文学部、理学部が発足し、島根大学は文理学部から法文学部と理学部が発足し、東京女子大学は2008年まで文理学部が存在とある。今では日大の下高井戸のみとなつた。

十月三十一日(土) 第一特集
展示を観た第一印象は、張学良が国民党の傘下に入つた説明について、その前の張作霖爆殺事件の説明がない。そこから書かないと観る人に判らないのではないか。観たときは何とも思はなかつたが、更にその前の張作霖軍による蒋介石軍攻撃もあり、ここまで説明しないとここ十五年来の米英は正しく日本は悪いといふ社会破壊拝米新自由主義反日(自称朝日)新聞の主張になつてしまふ。三番目はともかく二番目は説明に含めるべきだと思ふ。
しかし、とかく「満洲国」といふ言葉自体を封印してしまふ風潮が多いなかで、中国人研究者の協力を得ながら事実を明らかにする今回の展示に全面賛成である。

一番印象に残つたのは国民党の帝国主義を批判するポスターだつた。国民党が後に世界最大の帝国主義のイギリスと組むことになるが、これは日本が悪い。
一番興味を持つたのは、蒙古横断といふ無声記録映画だつた。モンゴルは国土のほとんどが砂漠で、移動しながら暮らす人々やラマ僧、モンゴル文字など、今では大分変つてしまつたのだらう。映画は最後まで観たから、学生食堂で昼食を食べて午後一時に入館し、出たのは二時半だつた。
下高井戸から甲州街道を10分ほど東に歩くと築地本願寺和田堀廟所がある。ここに三島海雲(蒙古の酸乳を参考に日本でカルピスを開発した)の顕彰碑がある。中国河北省の居庸関を模し梵、漢、モンゴル、西夏、チベット、ウイグルの文字が書かれてゐる。この顕彰碑を観て七年前に紹介記事を書いた。実際に河北省に行つたのではない。

十月三十一日(土)その二 学生の見学
蒙古横断を観てゐると、授業の一環として学生が多数入つてきた。まづ教員が簡単に説明し、次に女性の学芸員が展示方法の説明をした。目立つ展示物を置く位置、奥は学術的には貴重な資料だが目立たない、ビデオ上映は来館者の流れを妨げない位置で行ふなどを話された。無声映画はかう云ふとき便利である。学生たちに説明しても鑑賞を妨げない。

二十四日は十一時からギャラリートーク、午後一時から二名による講演があつた。展示を観てから思つた。参加すればよかつた。(完)

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