六百四十九、(甲)ミャンマー経典学習会(その十)

平成二十六甲午
十二月十五日(月) 十条から経典学習会へ
母が入院した。病院に身元引受人の署名をするため昨日埼玉県に出掛けた(浦和訪問記として独立)。 そして帰りにミャンマー経典学習会に行つた。最初は池袋から歩かうと思つたが、地図を調べると十条が近い。そこで十条から歩いた。 十条のアーケード街は活気がある。これは私の間違ひでアーケードを歩くと方向違ひである。アーケードの途中を左折して遠回りには なつたが本来の方向に戻つた。付近は古い木造の民家が多い。日本はこの風景が似合ふ。道を進むと見たことのある光景が展開した。 旧中山道だつた。
これでお寺には千川、中板橋、小竹向原、池袋、新中野、十条の六駅から歩いたことになる。池袋からは組合 事務所に寄つてから、新中野は消費税増税と回数券を便乗値上げしたことの抗議で不乗車運動として通勤定期区間内から歩いた。

十二月十八日(木) 出席者
今回の出席者は、仏教に興味のある人二人(うち一人は私)、ミャンマー人で熱心な中年婦人一人、始めてきたキリスト教徒一人、 僧形の日本人二人、ミャンマー語に興味のある人が一人、奥さんがミャンマー人が一人、それに通訳さん、セヤドー(比丘)の十名 であつた。
キリスト教徒の人は中板橋の一つ先の常盤台の方で一回お寺を訪問しセヤドーと話した、日本のNPOによる ミャンマーの教育を支援したいといふ。西洋式の教育の押し付けや金満国の日本が上からの視線で押し付けることは反対である。 この方はミャンマーなど非先進国が先進国の搾取対象になつてゐるから教育でそれに対抗したいといふ。私は、非先進国を先進国 にするのではなく先進国を非先進国にすべきで、さうしないの地球が滅びるといふことを説明した。ミャンマー語の話せる方を探して ゐるが、ここではみつからないので高田馬場の協会に行く様子だつた。
僧形の日本人二人のうち一人は真言宗の方なので 終了後にもう一人も真言宗ですかと質問すると判らないといふ。本人に確認したところ髪が短いだけで在家だつた。スマナサーラ 長老のテーラワーダ協会に出入りする方だつた。ミャンマー語に興味のある方はいつも日本語で質問の後にミャンマー語でも質問 する。通訳さんがミャンマー語にする分を自分で話す。といふことで今回も多彩な参加者だつた。

十二月十九日(金) 宝経
今回は宝経の二回目で次のお話、質問への回答があつた。
・布施は誰に与へてもよいが、相手によつて効果が違ふ。与へる側が善い、悪い、与へられる側が善い、悪いで四種。
・サンガには二種類あり、パラマタサンガは八輩の僧により構成、サムディサンガはパラマタサンガになるため戒を守り生活する人々。
・ブッダに近い人は余流道心、ブッダに遠い人は余流道心まで努力できない。
・阿羅漢は僧としてすることをして(慈悲、喜捨もする。しかし功徳といはずキリヤ{結果}、唯作といふ)、あとは果定を楽しむ。
・在家も阿羅漢になれるが七日以内に出家しなければいけない。よい服を着れば欲が残るし悪い服を着ても駄目。僧衣は欲がないことを 示す。七日以内に出家しないと死ぬ。女性は比丘尼になる。阿羅漢でも僧になれない(過去に僧衣を寄進しなかつた)例がある。
(キリスト教徒の質問に答へて)善いことをしたら良くなる、悪いことをしたら悪くなる。善いことをして アーメンと唱へるのはよいが、悪いことしてアーメンと唱へるのは駄目。

十二月二十一日(日) 始まる前と終了後の歓談
始まる前に、本堂の三体の仏像のうち両端の二つは金がほとんど剥がれてゐることが話題になつた。ミャンマーの中年女性の話では、 ミャンマーにも悪い人がゐて仏像を盗み金を削つたさうだ。そして今、寄付金を集めて金を塗る運動を行つてゐるとの事だつた。
終了後はスリランカの上座部仏教が話題になつた。スリランカ人は活動的で議論好きで、スマナサーラ長老のいふことはへ理屈だ。そんな 発言もあつた。ここでいふへ理屈とはよい意味のへ理屈である。(完)


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