六百十二、学生は新たに政治団体や宗教団体に入つてはいけない

平成二十六甲午
九月十四日(日) 学生の本分
下の子の受験対策に或る国立大学のホームページを観てゐたら、学生に対してカルトに注意するよう書いてある。大学が呼び かけるのはよいことである。カルトとは本来は「儀礼・祭祀」の意味で悪い言葉はない。しかし今では反社会的な集団を指すよう になつた。インターネットでカルトを調べると
アルカイーダ、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)、オウム真理教(現アーレフ)、大山祇命神示教会、幸福会ヤマギシ会、 世界基督教統一神霊協会(統一教会/統一協会)、霊波之光、霊友会、創価学会、日蓮正宗、冨士大石寺顕正会
など多数ある。私のホームページは創価学会、日蓮正宗、顕正会をときどき取り上げるが、これらの記事を見て参加する学生がゐる といけないので一言述べると、私は社会人だから参加することもある。或いは成田空港反対集会に参加したこともある。参加はするが これ以上は深入りしないといふ一線を引いてある。
私はこれらがカルトだとは思つてはゐないが、学生の本分は学問であり、社会に出て立派に役立つ人間になることである。元から 団体に入つてゐるなら別だが、大学の構内や道路で呼びかけられたからといつて、政治団体や宗教団体に安易に入つてはいけない。 そうしないと菅直人や野田のようにこの世に存在すること自体が憲法違反の人間になつてしまふ。

九月十五日(月) 学生運動
かつては学生運動があつた。今と当時は世の中が違ふ。あの当時は学生運動で世の中が変ると多くが信じた。政治も自主憲法 の自民党、社会主義の社会党、国立戒壇の公明党、共産主義の共産党、民主社会主義の民社党と、すべての政党が敗戦占領 体制からの脱却を目指したからである。だから学生の側もそれに助力すれば占領体制が終了する。誰もがそう思つた。
もう一つ、あの当時は欧米、中ソ、第三世界と三つの勢力に分かれてゐた。日本がこのうちどこに入るか。非欧米だから第三世界 を目指すべきだつた。しかし学生は中ソを目指した。第三世界が米ソ冷戦に巻き込まれたことも原因である。しかし日本自体が米ソ 冷戦に巻き込まれた。
今は学生運動がほとんど消滅した。そして今でも続ける人たちは多数派を目指してゐない。多数派を目指さないと考へが世間と遊離し、 カルトと同じになる。学生は政治団体にも入つてはいけない。社会に出れば政治に関はる機会は幾らでもある。また新入社員になると 四〇代、五〇代の人に比べて自分の知識や判断力は一〇〇分の一に過ぎないことが判るだらう。だからと言つて年配の人は若い人を 押さえつけてはいけない。若い人は考へが柔軟だし憶える速度が速い。しかし一〇〇分の一なのだから学生は社会に出て仕事を経験 を積んでから政治や宗教に関はつたほうがいい。

九月十七日(月) 縁故に頼る勧誘は禁じ手
かつて創価学会が急増したのは組織の命令で親戚、知人など縁故に頼る勧誘を繰り返したからで、これは本来は禁じ手である。禁じ手では あるが、それが組織内で問題にならなかつたのは短期間に日本国中を信者にするといふ目的があつたからだ。しかし信徒数が増えると 既得権を生じる。言論出版妨害事件が起きたとき公明党を解散し議員は次は立候補しなければあの事件は収まつた。しかし創価学会は 布教を止めて議席を維持した。これ以降創価学会は布教を停止し五年後には早くも宗門と紛争を開始しそれが今でも続いてゐる。
池袋周辺の公園に「勧誘禁止」といふ立て札がある。これは創価学会と対抗する宗門側末寺の布教が目に余るため区役所が立てた。 縁故ではなく道行く人に布教するのは禁じ手ではないが灰色である。この手の勧誘は無視するのがよい。宗教以外にも怪しげな店や 詐欺や押し売りが横行するから気をつけたほうがよい。
組織の命令による縁故の布教が禁じ手の理由は、この宗教は病気が治る、金持ちになれるといふものだからだ。他の宗教が邪宗かどうかは 組織の最高幹部どうしが議論しなければ判らず、縁故単位で議論するものではない。現世利益があるかどうかは統計を取らなければ判らず、 たまたまよいことがあつたから功徳、対立する団体で交通事故があつたから罰などと言つてよいものではない。

九月二十日(土) 罰公表合戦
創価学会を破門にした日蓮正宗の或る末寺の掲示板に十年くらい前、野崎勲副会長が若死したのは罰だといふ新聞が掲示されてゐた。道を 歩くとそれが目に入る。一方の創価学会は創価新報で、その寺の副講頭の息子が交通事故死した話を載せたし、その寺の前住職の息子が やはり出家し、総本山で修行中に肺にカビが入る病気で急死したことと、その高僧自身が後に腕が震へる奇病でしかも最後は車椅子だつた ことを大々的に書いた。
人生は楽しいことも苦しいこともある。それを乗り越えるのが宗教なのに、自分の組織でいいことがあれば功徳だ、他の組織で悪いことがあれば 罰だと互いに言ひ合ふ。実に嫌な気分になる。

九月二十日(土)その二 江戸時代に戻れ
本門宗は最初は大石寺を含む八つの本山の連合体だつた。江戸時代の宗教行政が日蓮系を一致派と勝劣派に分けたときの名残りである。 大石寺は本家意識が強いから明治時代に政府の指導で本門宗管長が輪番制になり、他の本山出身の管長が大石寺で法話をすることに抵抗し、 つひに日蓮正宗として独立を政府から認められた。しかし独立はしても北山本門寺で火災が起きたときはお見舞ひに米を送るなど敵対した訳 ではなかつた。江戸時代に末寺の支配権を巡つて寺社奉行に訴へたこともあつたが江戸時代の長い歴史から見ればごく一部であつた。
明治維新までは日興門流八本山のほかに日隆門流など他の勝劣派を含めて細草檀林といふ学問所を運営した。まさか一緒に勉強をする周り の僧侶は罰が当たるなんて思つたはずはない。それなのに今は大石寺傘下だつた団体が互ひに功徳だ、罰だとののしり合ふ。実に不自然である。 この状態が解消されるまで若い人たちは所属しないほうがよい。(完)


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