五百五十、1.「三人寄れば文殊の知恵」を日本で生かすには、2.国土交通相太田昭宏批判


平成二十六甲午
三月八日(土)「同じ思想の人が集まつても駄目だ」
三人寄れば文殊の知恵といふ諺がある。しかし日本の場合はうまく行かない。まづ一人が取締役会などで権力を持つ。すると残りが付和雷同するからである。また人数が多い場合は目立ちたがらない。だから何人ゐても一人と変らない。
最近はその逆もある。自分の存在を認めさせようとやたらと発言する人である。シロアリ民主党あたりのペテン政治屋がその典型である。或いは自分の意見をごり押しすることに意義を見出す人がゐる。これらは発言しない人と大差がない。話し合ひの時間を無駄にするだけで役に立たないためである。

三月十五日(土)「中間は堕落が一番激しい」
三人寄るとは鼎立のことだ。だから三つの団体でもよい。私が、保守、自由、社会の三つの党による国会が一番良いと主張する理由はこれである。西欧のように二つでは日本には無理がある。
三つが一列に並んだのでは鼎立にならない。真ん中のふりをする勢力が得をするからである。私が旧社会党は保守と組むべきだと主張するのはこれが理由である。今の旧社会党は自由やリベラルを叫ぶ連中と組みたがる。自由やリベラルの行き着く先は新自由主義であり文化破壊社会である。どちらも国民にとり有害である。先の消費税増税騒ぎの菅、野田がその典型である。

中間派が悪いわけではない。かつての社会党で浅沼稲次郎の中間派は貴重な存在だつた。しかし中間は漁夫の利を得ようとする連中や左右両方から票を集めようとする連中や理想度の欠ける連中のたまり場になり堕落が激しい。

三月二十一日(金)「浅沼稲次郎は中間派だが中間ではない」
浅沼稲次郎は中間派だが中間ではない。左派がソ連中国寄り、右派は安保条約反対に合意したから拝米ではないが独立心に欠ける余地はある。左右の中間ではなく独立心で鼎立してゐたといへる。

三月二十九日(土)「国土交通相太田昭宏批判」
太田国土交通相はけしからぬ男である。鉄道運賃は公正であるべきなのに今回の消費税増税に便乗して切符負担増(電子カード優遇)を見逃した(五百二十、鉄道運賃の回数券はSuica、Pasmoと同じ一円単位にしろへ)。
といふことで次に太田の所属する公明党の堕落の様子を見よう。それにしても太田といふのは悪質な男である。鉄道会社は10円未満の端数は券売機で処理できないといふ理由で切り上げた(一部切り下げもあるが意図的に実質は切り上げになるやうにした)。電子カードは一円単位である。だつたら回数券は電子カードの十倍の金額にすべきだ。ところが切符の10倍、つまりは100円未満を切り上げた。回数券は庶民の必需品である。独身貴族や高額所得者はカードを使ふ。庶民は回数券を使ふ。その回数券の便乗値上げをなぜ公明党は賛成するのか。

三月三十日(日)「かつての自、社共、公の鼎立」
かつては自主憲法の自民、社会主義の社会共産民社、国立戒壇の公明といふことで国会は鼎立であつた。しかし創価学会が折伏大行進を停止してから公明党は目標がなくなつた。当時は自民党と社会共産両党には共通点が見出せないほど懸け離れてゐたから中間をとることに意義があつた。戸田城聖の時代に新社会主義といふ言葉もあつたから決して資本主義に同化するのではなく、また西欧の社会民主主義でもなく日本独自の政策であつた。
しかし折伏大行進を止めると戸田城聖と異なり池田大作氏の親西洋路線が目立つやうになつた。これは創価学会だけの現象ではなく日本全体が敗戦の影響で世代の文化継承がうまく行かなかつたと見るべきだ。そして鼎立は崩れた。

なを自主憲法、社会主義、国立戒壇は擬似鼎立であつて本当の鼎立ではない。それは自民党長期政権を許したためである。本当の鼎立は保守、自由、社会の三つでこれは自民党が合同する前の状態である。

三月三十一日(月)「創価学会の折伏大行進の停止」
創価学会は昭和四十五年一月に折伏大行進を停止した。創価学会はこのときは大石寺本末の信徒団体だつた。日蓮滅後に六老僧の一人日興が身延を離山し建立したのが大石寺と北山本門寺で日興滅後は更に八本山に分流した。創価学会が大石寺系の宗制宗規によらず独立の宗教法人だつた理由は、創価学会がいふには布教をやり易くするためと弾圧があつたとき宗門に累を及ぼさないためだつた。そして広宣流布の暁には創価学会は解散するはずだつた。だから折伏を止めた後は存在理由がない。それでも存在するのは既得権といふほかはない。公明党議員はその最たるものである。
だからといつて布教を再開することには反対である。広宣流布を短期間に完遂できないのなら再開すべきではない。といつて解散しても大石寺とは喧嘩別れしたから戻る訳には行かない。だつたら八本山のうち西山本門寺なり保田妙本寺の信徒になればよい。あと公明党について言へば寺院の墓地を公有地にして各宗の末寺を活性化する政策を進めるべきだ。各宗派の末寺は墓地にあぐらをかいてゐる。墓地が公有地になれば住職は努力するやうになる。

三月三十一日(月)その二「民社党」
民社党は大票田の総評を失つてまで社会党から分裂したのだから、少なくとも社会党変成左派よりは偉い。しかし支持組織が同盟で、同盟には海員組合のやうに企業別組合ではない良識派もあるが、それ以外は大企業の企業内労組である。堕落するのは時間の問題だつた。何より民主社会主義なんて言つてゐるうちは西欧の物真似だから国民のことを考へてはゐない。結局は他党と同じで自分さへ議員でゐられればよいとなつてしまつた。(完)


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