三千三百三十五 NHK「こころの時代」を久しぶりに観た
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
十月十八日(日)
NHK教育テレビで「こころの時代」を観たのは、六年ぶりだった。過去に悪いものが多すぎた。あの番組に登場する人は、ろくでもない連中ばかりだ。これが今までの感想だった。
今回何とか観れたのは、癌で年を越せるかどうかの人が、活動を続ける。これが、活動を続けるだけだと、自慢話になる。本人が書いたか不明だが、NHK出演、とインターネットで宣伝する俗物になる。
今回は、まだ放送した当日なので不明だが、末期癌なのでそれは無い、と信じたい。テレビを観て一番合はないのは、速度だ。動画なら、通常1.5倍で観る。途中で、何とか速さが合ふやうになった。
まづ、寺の子は品行方正を求められる。これは当然だ。妻帯の副作用でもあるが、谷山さんは真宗大谷派だが、非俗としての自覚は求められる。
バングラディシュについて、イスラム教徒が大多数だが、少数の仏法信奉者がゐる。互いに姓で分かる。挨拶する時に、相手の信仰に合はせる。これは、よい習慣だ。信仰ではなく、人物本位で尊重するかしないか、が決まる。

これはよい話だ。小生が文化と呼ぶのは、この部分だ。そして、文化を無視することが、単純唯物論だ。資本主義、リベラル、毛沢東の晩年とポルポトは、将に単純唯物論だ。神仏を信仰しても、原理主義は単純唯物論になる。
ビハーラ僧として勤務した時、きれいさっぱり無くなるのがいい、と云ふ人がゐた。谷山さんとは違ふ考へだ。

小生は、この考へだ。とは云へ、それは修行をきちんとした場合だ。普通は、六道を繰り返す。小生は、南伝仏法と縁があるので、かう考へる訳ではない。
谷川さんは五十四歳で、末期癌に対する生存要求がある。番組ではあるかないかはっきりさせなかったが、深層心理ではある。それに対し、小生は七十歳で、子供二人は独立した。その違ひだらう。
治療を拒否するのは、延命にならないし、副作用がある。痛みは軽減するので、妻は受けろと云ふ。
若い時に、勤務でパワハラもあり、適応障害の鬱になった。希死念慮で、無意識に行動することがあるので、ベランダには近づかなかった。
ここで、若い時の勤務先を調べると、四天王寺大学准教授、上智大学グリーフケア研究所主任研究員。神仏を信仰するのにパワハラとは、信じ難い。
博士号を持つなど条件に合ふので、東北大学で臨床宗教師の育成に就職した。谷山さんは慈悲が足りないので、慈悲は修行。死んだあとどうなるか知りたい。霊媒師がゐれば、教へたい。

この資格は、AIによると「非布教」「存在の苦しみ、罪悪感や後悔、死への恐怖、に対し傾聴し、共に苦しみに向ふ」とある。小生は、聖職者なので安心し心を開けるのだらう、と番組を観ながら思った。
死後の世界を、一人称、二人称、三人称で

小生は一人称として、死後に意識は無く、転生の後は前世を引き摺らない。二人称として母も、小生と同じ。三人称として街行く人たちは、それぞれ自分の思ひによって死後を過ごす。
人は皆思ひに依りて死ののちを過ごし生まれて前を忘れる
(終)

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