三千二百八十一(うた)短編物語(もじり文学の試み、八卦講)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
八月六日(木)
はじめに もじり文学の試み
もじり文学がある。史実や事実や有名な作品を、別の形に変へた作品である。今回は、或る宗派が、総本山とすべての末寺で八卦講と云ふ信徒組織を持つ。さう云ふお話である。
もじり文学なので、参考にした団体があったとしても、気にする必要は無い。それでも気になる時は、よく読んでみよう。布教に役立つ内容が、幾つも書いてある。

第一章 八卦講
八卦講は、罰が当たるも八卦、食中毒に当たらぬも八卦。さう云はれる組織である。仮に、当たる確率を五割としよう。すると、罰か食中毒か、どちらかが当たる確率は七割五分である。
それでは、損をするばかりで、良いことは一つもない。そのとほりである。元寇や飢饉、疫病、内乱で、国が亡びるかどうかの瀬戸際のときに、皆で一斉に信仰すべきものを、平時にやらうとする。それでは、良いことが無いのは当たり前である。
戦前は、国が亡びるかどうかの瀬戸際だった。だから、この宗派を信仰する意義があった。今は異なる。そのことに気付く必要がある。

第二章 八卦講が誕生した理由
或る宗派の、本山とすべての末寺に、同じ名前の講がある。これは異常である。例へば、或る国ですべての人が同じ苗字だ。これは異常だ。それなら苗字は必要ないからだ。
この宗派も、かつては夫々の寺に、何々講と云ふ別の名称があった。いいぺい講、さんあん講など。あ、今回はもじり文学なので。
一つの寺に複数の講中があるのが普通だった。ところが、この宗派の或る弱小信徒団体が、昭和26年には三千人、翌年は三万世帯。
そこで宗派は宗規を改定し、従来の講中を統合し、本山に八卦講本部、末寺にそれぞれ八卦講支部を置くことにした。講中にとり、不幸中の不幸であった。あ、これも、もじり文学である。

第三章 八卦講の謂はれ
この宗派では、戒壇の板曼荼羅を、一閻浮提総与(全世界総与の意味)の大御本尊と称し、すべての曼荼羅の根本とする。これはおかしな話で、戒壇の曼荼羅なのだから、戒壇に掲げる一機一縁の曼荼羅だ。
しかも、鎌倉教祖の著作や手紙には書かれてゐないので、少なくとも根本ではない。ましてや、後世の偽作であることが、後に管長となる当時の教学部長発言で分かってしまった。
その偽作曼荼羅に書かれた「本物戒壇也 願主弥次郎喜多重等八卦講中」に由来する。あくまでも戒壇に祀る曼荼羅の願主である。戒壇の願主ではない。それを本山と末寺の信徒団体すべての名称にしてしまった。

第四章 もう一つの人数限界説
これまで、元寇の時代との違ひが、布教頭打ちの理由としてきた。これ自体は正しく、そのため国柱会、立正佼成会、顕本法華宗他の類似会派は伸びなくなった。
しかし、もう一つ理由がある。あの急伸する信徒団体は、特定の人のみを集めた。そしてその種の人が尽きると、頭打ちになった。
例へば、富士山に登るのに、隣の山を登ると、まづ富士山の頂上に近づく。しかしその山の頂上に達すると、それ以上は近付けない。そればかりか、一旦降りないと、これ以上は進展しない。
同じ事が、八卦講でも起きた。急伸する信徒団体とは、別の人たちを目標にすべきだった。補完作用である。そればかりではない。各講中が補完すべきなのに、すべて同じ名の八卦講にしてしまった。
講中がすべて同じ名 多様性認めぬことは窮屈に 根底にある排他の教義

反歌  多様性求めるときに戒壇と法主と排他改善できるか(終)

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