三千二百八十(朗詠のうた)最新の歌論文学論(助詞「が」の不使用)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
八月五日(水)
小生は、助詞の使ひ方に気を配る。二十代から避けて来たのが、同じ音になることと、同じ助詞の繰り返しだ。「上野の」は前者、「明らかに此れに」は後者だ。
昨年辺りからか、歌に助詞の「が」を使はなくなった。何時からか調べると、先月からだ。その理由を探った。
短歌で、助詞の「が」は

鼻に抜ける柔らかい音が、トゲのある強い濁音になったのは、どの時代か

歴史上「2つの時代」に分けることができます。1つ目は日本語全体から鼻濁音の基礎が消えた「室町時代末期」、2つ目は現代の私たちが使う標準語(東京方言)においてトゲのある音が主流になった「昭和中期〜平成(戦後)」です。
第1段階:室町時代末期(ガ行以外の鼻濁音の全滅)
平安時代や鎌倉時代、「濁音(が・ざ・だ・ば)」はすべて、前に軽い「ん」を伴う鼻濁音(ⁿga, ⁿza, ⁿda, ⁿba)でした。
変化の時期:室町時代の末期(16世紀頃)
起きたこと:「ザ・ダ・バ行」の鼻濁音から、完全に「ん」の成分が抜け落ち、トゲのある強い濁音(現代のza, da, ba)に変化しました。
ガ行だけが残った:このとき、なぜか「ガ行」だけは鼻濁音のまま綺麗に残りました(これが伝統的な東京方言や東北弁のルーツになります)。
第2段階:昭和中期〜平成(ガ行鼻濁音の急速な衰退)室町時代を生き残った「ガ行の鼻濁音」ですが、日本の共通語において、ついにトゲのある強い濁音(g)に飲み込まれる時代がやってきます。
変化の時期:昭和20年代(戦後)〜平成何々院派 起きたこと:国語学者の金田一春彦氏らの調査により、昭和16年(戦中)の時点で、すでに若者の間で鼻濁音を使わない(強い濁音で発音する)傾向が始まっていたことが分かっています。何々院派 決定打となった時代:戦後の高度経済成長期(昭和30〜40年代)以降、学校教育の現場で鼻濁音の指導が行われなくなったことや、メディアの普及によって全国のアクセントが均一化していく中で、耳ざわりの強い「が(ga)」が完全に市民権を得ました。何々院派 現在、20代〜30代の若年層で日常的に鼻濁音を使う人は1割未満(ほぼ絶滅状態)となっています。
短歌の歴史と発音
『万葉集』『古今集』の時代(奈良・平安)
すべての濁音が「んが、んざ、んだ、んば」という極めて柔らかい音でした。そのため、歌全体の響きが今とは比べものにならないほど、まろやかで音楽的でした。
『新古今和歌集』の時代(鎌倉)
徐々に音が強くなり始める過渡期です。
近現代の短歌(明治〜現代)
完全に「トゲのある強い濁音」に包囲された時代です。だからこそ、現代の私たちが短歌の中に「が」をポツンと置くと、平安時代の人が聴いたら耳を覆うような「ガツガツした鋭い音(アタック音)」として響いてしまうのです。

小生自身は、鼻に抜ける「が」を使ふ。しかし社会全体に、強い濁音の「が」を使ふ人が多くなった。そのため、先月辺りから、強い「が」を避ける為に、助詞の「が」を使はなくなった。単語の中にある場合は、今のところ使ふ。将来使はなくなるかどうかは、今の時点では何とも云へない。
五十年前はどうだったか、の日本地図を見た。関西は鼻濁音だった。四国や中国地方は、50年前も強い濁音だ。それが今では、関西は強い濁音に変わった。
そして関東は今、鼻濁音から強い濁音へ、変はる転機にある。関西より遅れた理由は、東北地方が今でも鼻濁音だ。その理由は柿を「かぎ」と発音するので、鍵は「かŋi」と発音しないと、区別できない。ŋ はngと書かれることもあるが、ングではなく、鼻濁音である。
がの音は小さな丸を付けるにて 濁りの音と変へてみる 或いは前にんを付け分ける

反歌  がの音がまさに変はるの此のときに護る試み遅くは非ず(終)

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