三千二百六(うた)多田駿自宅近く訪問記
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月十一日(月)
岩井秀一郎「多田駿 伝」その五、館山での余生を作り終へて、館山を一回は訪問したいものだと思った。そして本日、訪問した。
予め調べてあるので、内房線を下車した後、迷ふことはなかった。路地の電信柱に「多田 Tada」と矢印がある。

  
路地入口                                                 路地奥の柵(ここから先が多田宅)

多田さんが毎日歩き 一回は石原さんも訪ね来る やそとせのちの我が歩み感慨深く云ふことは無し
反歌  やそとせを経ちて周りを見渡せば亡国の坂年ごと加速

  
                          左は農作業用の小屋か(手前の民家の所有か)       路地を出て道の少し先から

帰りに、田圃があることに気付いた。水は、どこから引くのか調べた。
多田さんが出歩くときはいつも見る 突き当りには田が在りて国が破れて食べる物足りなきときに命を繋ぐ

反歌  田の手前左と右は太陽の発電の板時代は替はる
反歌  発電の板の在る地はやや高く水は引けずに畑を思ふ
反歌  多田さんの柵の内側おそらくは航空写真農地跡在り

  
突き当りの田圃                     航空写真

多田さんは三長官の会談に陸軍大臣内定し 使者が現地へ向かふのち取り消しとなり戦前は唯一回の出来事に 次の陸相短期にて東條現れ国を滅ぼす
反歌  東條と岸と武藤の敗戦は一旦回復のちに亡国
反歌  回復は見せ掛けにして経済と主権どちらも劣化が進む
反歌  冷戦が終結ののち総評と社会党消え亡国の坂
反歌  戦死者の期待を無視し亡国の坂を落とすは売国奴たち(終)

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