三千二百五(うた)志茂旧道
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月九日(土)
本日の午後は、次の計画を立てた。(1)赤羽のダイエーで丸真正宗のカップを買ふ、(2)志茂旧道を歩く、(3)志茂旧道途中で知水資料館と岩淵水門へ寄る、(4)志茂旧道終了後に小山酒造跡地へ寄る。
ダイエーで値段を見ると、思ったより値段が高いので止めて、代はりに「麒麟特製ホワイトサワー9% 500ml 原材料:ウオッカ(国内製造)、シトラスエキス」缶を買った。
味xx、値段◎、アルコール度◎。総合評価は△かな。味はカルピスみたいだ。帰宅後に調べると、シトラスは「柑橘類の果皮や果実から抽出された成分」とある。今回は珍しいので普通に飲んだが、次には飽きるかな。缶きつ類だった。
値段とアルコール度は大満足だが、9*500/15=300。日本酒1.7合なので、昼間飲むには少し多すぎる。尿酸値が高めなので、気を付けないと、痛風の惧れがある。
予め調べた道は、赤羽公園の南側だったが、歩き始めたのは北側からで、途中の感じがよささうな路地を選んだので、調べた意味が無かった。とは云へ北本通りへは、調べた道で到着した。
暫く進むと、志茂銀座の街灯が並び始める。たばこ屋兼切手販売所、東芝系列の電器店、寿司屋がまばらに広がる。丸真正宗の看板が、昔を物語る。
ストリートビューでは子育て地蔵がある。これはうっかり見落とした。酒屋では、店内で数人が角うちの最中だった。丸真正宗のカップを買ひ、昔は自販機で丸真正宗を売ってゐましたね、うちは今でも入れてゐますよ。こんな会話に留めた。買った酒は後日飲みたい。既に1.7合分飲んだからだった。
全日食のチェーン店を見つけた。昔、職場の近くに全日食チェーン店があり、よく昼食を買ひに行ったものだった。磁気カードも作成した。
入口に庚申堂のある路地に、西蓮寺入口の看板が立つ。行ってみると、道に面して地蔵が並ぶ感じの良いお寺だ。密厳堂は突飛な外観が難点だが、インターネットで検索すると檀信徒会館とある。真言宗智山派。庚申堂も飛び地だった。

全日食加盟店 西蓮寺

なほ進むと、熊野神社がある。末社が二つあり、ここも感じの良い社である。寺と社は、(1)大き過ぎず立派過ぎず、(2)本堂や本殿のほか、諸堂や末社がある、(3)地蔵板碑などがある、がよい。入口に猫がゐた。参拝者と思はれる方が、頭を撫ぜたので話を聞くと、飼ひ猫ではないが餌を与へるので、なついたさうだ。なるほどこの老女は、神主の奥さんで、入口の神主、禰宜、総代などの末尾にあった方か、と合点が行った。参拝後に、上村は神谷ですか、と伺ふと岩渕との事だった。



少し先の公園で休んだ。子ども交流館へ寄り、ここでもお話を伺った。志茂旧道は、昭和のゆとりがある。日本はこのあと、バブルを経て大不況になった。
角うちと全日食と西蓮寺熊野神社に交流館 昭和のゆとり道溢れ温かき日は三時を回る
反歌
ダイエーで丸真正宗知水館小山酒造は予定を変へる
反歌
予定立て現地で変へて楽しむは老化防止に有益となる
ずっと先の丁字路を左折すると、旧道は続く。銭湯の周辺だけ古い家が続く。今でも薪を燃料にするやうだ。一つ気になったのは、のれんに銭湯と書いてあり、湯の名称が扉右の休業日の掲示にもない。或いは、経営者が替はり、昔ながらの何々湯の名称は、消滅したか。


一つ疑問だったのは、丁字路の先は左折し北本通りへ繋がることだ。あの直角は不自然だ。帰宅後に調べて、謎が解けた。昔は、北本通りが無かった。荒川大橋の岩槻街道は、中山道の板橋本町駅の100mほど北北東の清水町の二又で旧中山道から右に分かれ、郵便局の手前の短絡小道からバス通り、消防署を左に歪曲せずそのまま進み、うつり坂の下で都道445号と合流し、荒川を渡る。
地下鉄の一日券は最後へと板橋本町一回残る
志茂旧道は、先ほどの丁字路を右へ曲がり、すぐ左折して次の丁字路を右折して、岩槻街道へ出る。先ほどの銭湯周辺は、志茂旧道とは無関係だった。(終)
(5.19追記)上記最後の数行は、修正情報が志茂旧道と岩槻街道に在る。
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