三千百九十(うた)東洋経済『右派と左派は何が違う?・・・』
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
四月二十五日(土)
東洋経済のホームページに
右派と左派は何が違う?「日本への愛着」「伝統を重視」現代日本で何が“右”とみなされるか

が載った。前文は
松谷満氏の新著『「右派市民」と日本政治』から抜粋して、政治を理解するうえで欠かせない「右派」「左派」という対立軸の基本的な考え方と、さまざまな定義について解説します。

本文に入り
維持か変革か
(前略)以前からの社会のしくみを重視し、それを維持しようとする立場が「右」(保守)、ある理想に立って新しい社会を作ることを重視し、変革を試みようとする立場が「左」(急進・革新・進歩)とされました。

フランス革命後の議会での定義である。
経済的な左右は、簡単に言ってしまえば、「自由な資本主義経済か、平等な社会主義経済か」といった対立になります。

この分け方だと、小生は左派である。小生自身が困ってゐる訳ではない。地球を保護する為には、近代社会の資本主義を改良しなくてはならない。だから、社会主義がよいとも思はないが、資本主義よりはよい。
文化的な左右は、(中略)国や伝統を重視するのかどうかといったことが重要になります。

この分け方なら、小生は右派だ。但し、時と場合による。既得権の為の保守では駄目だ。また小生は、伝統の語を使はない。それは陸軍の用法で、しかも広まったのは戦後だ。
ここまでは、中立で、質も悪くは無かった。ところが、ここから先は急変する。

四月二十六日(日)
近年、日本の「右傾化」に関する本がいくつも出版されています。(中略)突き詰めてしまえば「国」と「伝統」に関することがらに集約されます。
一つは「国」に関することです。ほとんどの用法は、(中略)過去のある時点における日本への強い愛着を表します。とりわけ明治以降、敗戦以前の日本社会を正しいものとみる考え方が「右」とみなされます。
さらに、こうした考え方を否定する立場への強い反発も「右」とみなされます。「反日」という言葉が好んで用いられ、徹底した批判の対象となります。とくに、国内の左派や日本の歴史認識を批判する近隣諸国に対して用いられます。

問題点を赤色にした。日本は、敗戦の後にマッカーサの洗脳が効きすぎた。戦前に成人になった人は、中和されて丁度よくなったが、戦後の人は洗脳だけしかない。分かりやすい例を挙げると、糖尿病の人が血糖値を下げる薬を飲むのはよいことだが、通常の人が飲んだために低血糖で意識が混濁した。これが「否定する立場」の原因だ。
かつては全国の大都市に、革新系知事市長を誕生させた人たちが今は右派を指示する理由は、ここにある。
もう一つは「伝統」に関することです。伝統を維持しようとする試みのすべてが「右」とみなされるわけではありません。たとえば、伝統芸能を保存する会を右派といったりはしません。主に伝統的とされる家族関係・セクシュアリティなどが過去の理想形として想定され、ジェンダー間の平等、性的マイノリティの権利といった近年の考え方に強く反発するのが右派です。

近年の考へ方ではなく、近年の西洋の、それもキリスト教から転落した人たちの考へ方だ。芸能保存は、政府の補助金で維持されるか、世代が替はるごとに撤退するので、政治運動に為りにくいだけだ。芸能で生活を義務付けて、転職禁止、補助金なしにすれば、芸能者だけではなく社会全体を含めて昔の生活を護れ、と運動を起こすだらう。
右左これは大きな対立があるときのみの分け方に 保守とリベラル今此れが好し

反旋頭歌  保守思想未来にまでも長きを思ふ リベラルは目先のみにて人を滅ぼす(終)

(社会の復活を、その六百)へ (社会の復活を、その六百二)へ

メニューへ戻る うた(一千八百二十九)へ うた(一千八百三十一)へ