三千百八十七(うた)西巣鴨、有明台場青海島巡り
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
四月二十日(月)
都営交通一日乗車券で、前回時間がなかったお台場を観て廻った。今回は、都電で新庚申塚まで行き、西巣鴨まで歩く間に、大都映画撮影所跡の標識を観た。区立中学校の塀に、三ヶ所説明板があった。
地下鉄三田線で、大手町まで行った。丸の内南口から、都バスで国際展示場まで行った。途中の区間は、欧米系外国人で混雑した。国際展示場横の有明客船ターミナルへ寄ったが、今は水上バスが運休中との掲示があった。始発の一つ先からバスに乗り、虹の下水道館の前まで行った。月曜で休館だった。歩いてお台場海浜公園へ行った。砂浜で、持参した酒と水を飲み、弁当を食べた。
お台場は波は無くとも砂浜の上に座りて 持ち込みの酒と食べ物極楽の園
反歌
お台場は五回ほど来て公園は二回目三十五年の昔
実際の台場へ行くのを忘れた。前に来たときは丘を登ったり降りたりした。今回は、区立の小中校の建物が出来て、まさかその先に台場があるとは、気付かなかった。
デックスとアクアシティの中を観て廻った。東京ジョイポリスは高齢者入場無料なので入った。有料のアトラクションは、やらなかった。しかし自販機のアイスクリーム200円を二つ食べた。サーティワンだ。東海道新幹線の駅の自販機の値段が高いことが目立った。二つ食べたし、無料入場できた義理は果たしたかな。まさかアイスクリーム会社だけが儲かることはないだらう。
台場一丁目商店街は、昔の商店、特に駄菓子屋だ。欧米人には、人気があるやうだ。アクアシティは、屋上の神社だけが印象に残った。お台場神社と命名すればよいのに、片仮名を先頭に加へたため、台無しになった。
お台場の台無し神社片仮名を付けたが故に神住まずお場
大井町と大森から、お台場を結ぶ路線バスが、廃止になった。これは驚きだった。

屋上の神社 バス廃止の案内
徒歩で、東京国際クルーズターミナルへ行った。大きな船が停泊中だった。ベリッシマで十七万屯、乗客定員五千六百五十五人。(4.22追記 屯の漢字は、都電の車体の右下に自重が書かれ、屯が使はれた。それ以来、屯、粁などを使ふやうになった)。
手前に広い空き地がある。船の科学館跡だった。青函連絡船も無くなり、南極観測船のみが残る。
みづとりの浮くぬばたまのくろがねは 今浮かぶ船わたつみを航(わた)ること無し昔を語る
反歌
昭和の世四十九年に開館は台場に船の科学館あり
反歌
台場には船の形の科学館島で唯一輝く姿
反歌
平成の二十三年本館の展示を終へて小さき別館
反歌
客船の港を作り南極の観測船の宗谷は隣へ
反歌
隣へと曳かれ新たな桟橋へ宗谷に取りて最後の旅か
反歌
別館は十二年経て閉館に一度も行かず今宗谷のみ
帰りは、たどり着いたバス停に門前仲町経由のバスしか来ないので、これに乗った。本当はいろいろな交通手段に乗る方針があり、東京駅経由を選びたかった。とは云へ、門前仲町からは春日まで乗り、西巣鴨から都バス経由で帰宅したのは、いろいろな交通手段になった。(終)
メニューへ戻る
うた(一千八百二十六)へ
うた(一千八百二十七の二)へ