三千百五十八(うた)良寛和尚の詩を精読、その一
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
三月二十二日(日)
飯田利行「定本良寛詩集譚」を、先頭から精読することにした。まづは「法華讃」の「開口謗法華」で始まる詩。口を開いても閉じても駄目で、合掌して「南無妙法華」と云ふ。繰り返すのではなく「曰く」。題目ではなく、「南無妙法華」。この二つに、鎌倉時代の非常時用仏法ではない、天台山と寒山詩からの流れを感じることができる。
天童寺 道元和尚唐の世に 良寛和尚清の時 隔てはするも心は仏

反歌  天台山寧(にん)波(ぽう)よりは二十里の奥地に在りて足にて三日
法華経は、拝めばご利益があるのになぜ坐禅を、と短絡してはいけない。法華経には、誹謗するものは頭破七分と書いてあるが、鎌倉仏法の関係者は法難で焼き討ち、殺害、遠島になったことと併せて考へなくてはいけない。
あるのはご利益ではなく法難だが、それでも選択した時代を考察すべきだ。また、良寛和尚が法華讃を作ったのは、晩年期と思はれる。宗派組織に属し布薩を新月と満月の日に行ふのと異なり、加齢もあった。

第一章「慨世警語・克己策進」に入り、唱導詞。宗派に分かれることを悪いとする良寛和尚の考へは、教義の複雑化が悪いとする思想と、同じだ。

次は「僧伽」。僧侶界への、痛烈な批判だ。このやうに云へるのは、清国へ渡航したのだらう。他人より、余計に修行した、程度で云へることではない。

「仏はこれ 自心の作」の詩について飯田さんは「ほとけとは、自己が自己になりきることである。」とするが、これは飯田さんの解釈に特化し過ぎる。小生は「ほとけとは、心が作るものである」。如来蔵は、偽善と、努力を奨励しないので、好きではない。心が作らうとすれば作れるし、作らうとしなければ、作れない。これが一番よいし、良寛和尚の詩も同じ発想だ。

「余持鉢到新潟 逢有願老子説法白衣舎」と題が付いた二首のうち、最初の詩は
似欲割狗肉  狗肉を割(さ)かんと欲して、
當陽掛羊頭  まさに陽(いつは)りて羊頭を掛くるに似たり。
借問逐臭者  借問す臭を逐(お)ふ者
優々卒休々  優々として卒(ここ)に休々たるを。

飯田さんの解説は「犬の肉を売るくせに公然と胡麻化して」「このように鼻もちならぬ偽善者を」と有願老人の説法を批判的に書く。これまでに紹介した二首が、僧侶を激烈に批判したものなので、その続きなのだらう。しかし、有願老人は良寛和尚の親友なのだから、もう少し穏健がよいとは思ふものの、「説法を聴聞しようとしている善男善女らは、なんとゆったりと安らかな顔色をしておられるのか」で救はれる。ところが最後の「私には腑に落ちない」で、また非穏健に戻る。

「古佛畱教法  古仏の教法を留めしは、」で始まる長い詩では「愚者は、経文の言葉にとらわれて、そのあやによって」で不立文字を示す。

ずっと先へ飛び「仏説十二部」で始まる詩では「仏陀の説かれた十二部の経文は、何れもみな純粋で真実なものばかりである。(中略)何れが仏説に遠いとか近いとかなどと強いて弁別読みなどしてはならない」。これは同感である。

「偶作七首四」の題が付いた「大道 元来 程途なし」に始まる詩では「悟道(二文字で、さとり)には、もともと段階というものがない」。これはよい内容である。小生は、頓悟には反対だが、漸悟にも反対だ。漸悟と云っても、頓悟を多段にしただけだ。小生は、良寛和尚と完全に意見が一致した。
頓悟にも漸悟にも無し無限悟は無段階とも仏と共に
(終)

「良寛和尚と原始仏法を尋ねる」(二百二十三) 「良寛和尚と原始仏法を尋ねる」(二百二十五)

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